第12話 透明リボン

舞散る白金ぷらちなの羽。

散らばった羽が海面を掠める。

生じる無数の波紋をなぞるように天使は白い爪先で波を切る。

走るように滑空する風の支配者。


あの蠱惑的な紅玉るびー禍々まがまがしいほどに煌めく紅玉は何故このタイミングで己の前に現れたのか…今は只ひたすら考えを巡らせる。


チッ…!

『…駐車場で拾っておくべきだった。』


僅かに後悔したものの、彼は紅玉の正体に検討を付け、あらゆる可能性を推し量っていた。今のところ明確なのは、幾らか難点のある代物しろもので人間の時間軸には存在しないもの。そして何より…所有者以外の指示を全く聞かない忠誠心と自己正義の塊。

持ち主の概念と倫理観が“少なからず”反映され現実と成っていく…判断基準の全てが適応した主人最優先の偏見独断理想主義者かたぶつ


つまり…

かなりの厄介物であるということだ。


『頼むから“アレ”だけはやめてくれよ…。』


今日こんにち一連の不可解な出来事を振り返ってみる。思考を巡らせるほど益々その信憑性は高くなるばかり…焦燥感に駆られる余り浮力に身を委ねきりだった俺は、バランスを崩しかけ危うく転倒するところだった。

海面こんなところで転がろうものなら一溜りもない。骨折…いや骨は粉砕され内臓破裂は免れないだろう。猛スピードで滑るように飛び続けているため、集中力を欠くのは非常に危険だ。


『落ち着け。…気配だけでも察知できれば。』

何とかなる…いや、何とかしなくては。


翼を滑らかに翻しぴたりと動きを止めた。

瞬間、空気の塊が一気に押し寄せる。湧き起こる風圧で髪やシャツの袖が重力に逆らった。波立つ気流を掻き分け、大きな翼でふわりと空気を包む………天使は風に身を任せ気流に添うと、花弁はなびらのように高く舞い上がる。


高く、高く、夜に白く浮かぶ。

まるで無重力のそら…男は白金ぷらちなの翼を精一杯広げ、月が零す涙を受け止めた。静かに瞼を閉じ、両腕を伸ばしたまま胸の前にかざす。

フッと強く息を吐き呼吸を整える。

柔らかな風が立ち、掌に集めた月光が灯り始めた…そよぐ風に月の涙をおよがせると、ぽつりぽつりことばを唱える。


「深紅の光、定めいざなう者。迷い主、定め輝く物。」


掌に灯る光は一閃いっせんに…

一列に連なりある方向を指した。


…あれは…間違いない。


市民プールだ。


カーナビが導いた目的地。





………天使は疾うに光の先へ。


風よりも速く、雲よりも低く。





「…っこれは…。」








降り注ぐ斜陽…真夏の木漏れ日と蝉時雨。

眩しそうにアクアブルーを散りばめて…昼下がりのプールはときを止めたまま息を潜めていた。


檸檬ソーダに溺れる午後が其所そこにある。

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