第4話 アクアブルー

セーラー服が水面に揺れる。


揺蕩たゆたう私は水の成すまま…このアクアブルーの世界に溺れていたい。


夏空に舞い上がる水飛沫、ひるがえるスカート、なびく黒髪…その全てが嘘のように煌めいて…


潤んだ瞳に世界は反転する。


跳ね上がる日射しを掻き分けて、投げ出された肢体と流れるように水を捉える脚…アクアブルーを抱いたその腕は滑らかに水底へと導く。

広がる制服は膨らむ藍の花弁はなびらが碧に踊るよう…浮力に身を任せ泳ぎ回る。

水天から射し込む…この光の檻のなかで私は自由だ。いつもそうだった…夏色の水槽で私は自由だった。


水を得た魚のように無我夢中でこの世界を泳ぐ。身体中に触れる水の感触が心地好くて…身にまとう全てを一枚ずつ取り払っていく。早く…速く…隅々まで身体中の体温をこの水に変えてしまいたい。一糸纏わぬ彼女の肢体はしなやかに水中を滑り出した。流れに乗る手脚も加わり、一段と泳ぎは鋭さを増していく。


『このまま水に融けてしまいたい。』


飛ぶように泳ぐ…自ら造り出した水流の中で、彼女は飛翔していた。端から端まで水を求め、このアクアブルーを独り占めしてしまいたい…そんな衝動に駈られてひたすら泳ぐ。

水底をうごめく影がプールの境界線へと近づき始めた。途端、散りばめられた水飛沫と彼女の身体は同化する。

一頻ひとしきり水を堪能した後、ふと我に帰る。辺りを見回したが誰一人居らず、私以外の姿はなかった。ざわついていた森も鳥たちのさえずりも、降るような蝉時雨さえピタリと止んでいる。

昼下がりの斜陽だけが明るく弾けては水面で遊ぶ。私を取り巻く波紋に合わせるように…震えては消えを繰り返した。


異様な静けさに寒気を覚え、散り散りに漂う衣服をプール中かき集めて回る。水を掻き分けて進むが、先程のような爽快感は微塵みじんも感じられない。空気が重たく私の身体にのし掛かるようだ。

突如として強烈な不安に駈られ衣類を胸元へと引き寄せるも、握る手は微かに震えていた。


抜けるような青空に雲が流れ逝く…かげる水底から不気味なあか一欠片ひとかけら、眠るように煌めいている。


「あれ…何だろ…。」

縦横無尽じゅうおうむじんに泳いでいた筈なのに。

見落とすほど夢中だったのだろうか…。

毒々しく華やかなあかに惹き付けられてしまう。恐怖よりも好奇心がまさっていた。あらがえぬほどの艶めきが其所に眠っている。私は煌めきに向かってゆっくりと水を掻き進んだ。 

小さな光の真上まで来ると、水底へ引き込まれるように潜っていく。コポコポと渦巻く気泡を掌で掻き分け、目の前の煌めきを捉えた。


『…これは…紅玉るびー…?』

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