第3話 昼下がりのプール

蝉時雨せみしぐれ降り注ぐプールサイド…山際やまぎわにある伽藍堂がらんどうの駐車場と反響する森の木々。時折、涼しげな風が通り抜けていく。友達の誘いでなかば強引に連れられた私は、海と山の狭間にある市営プールに来ていた。近くに観光用の臨海公園もあるらしく、其方の方から家族連れや団体グループの賑やかな声が聞こえてくる。


「あっ、子供の声……向こうは賑やかだねぇ。」

気乗りのしない態度を隠そうともせず、私は億劫おっくうな台詞を溜め息混じりに絞り出した。

「あははっ、お婆ちゃんみたいだよ!」

友人はあっけらかんとして悪気の欠片もない。気だるそうな私の腕を取り、容赦なく更衣室へと向かう。仕方なく腕を引かれるまま重たい歩みを進めていく。

凛とした風が髪を掠め、スカートの裾をなびかせた。風に背中を押されるようにプールサイドへ踊り出ると、其所には…

忙しく檸檬色を乱反射する昼下がり。

煌めきに揺れるアクアブルーの世界が瑞々しさを湛えていた。


「うっ…わぁ…。」

誰も居ないプール。

只一つ水溜まりが其所にある。

久しぶりに見た人工的なアクアブルーは、鬱蒼うっそうとした緑に囲まれぽつんとしずまっていた。まるで森の主のように…。其は静かで寂しそうだったが、確かな煌めきを放っている。夏の眩しさをそのまま閉じ込めた、光の檻だ。町外れのさびれたプールと聞いて落胆していた気持ちが嘘のように晴れ渡る。時が止まってしまう…ここは別世界だ。


目の前の光景にしばし見とれていると、

「気に入った?こういう場所の方が好きだと思って…人、居ない方がいいでしょ。」

横から意気揚々と弾む声に遮られたが、悪い気はしない。単純にこの何気無さが嬉しい。

「うん。古い市民プールだって言うから、あんまり期待してなかったんだけど…ここは別だね。」

然り気無く髪を耳に掛けながら答えた。

「はははっ!らしいね。安心して、リフォーム済みだから!」

フフンッと鼻を鳴らして得意気に言う。長年の付き合いだからこそわかる互いの性格や好き嫌い…何だかのくすぐったいような、友人への照れが出てしまう。

「ありがと…こんな綺麗なプール久しぶり。」

少したどたどしく口ごもるようになってしまったが、彼女への感謝は本物だ。どうにか伝わっていて欲しい。

「…ふふっ…よかった。あっ私、叔父さんに挨拶してくるから先に着替えてて!」

艶めくポニーテールを翻し、溌剌はつらつとした様子でプールサイドを駆け降りていく。

「えっ、じゃあ私の分もお礼言っといてね!」

慌てたせいで珍しく声を張り上げてしまい…我ながら驚いた。走り去る彼女の背中へ急な言伝ことづてを頼む事になった。

「りょうかーいっ!」

既にプール入り口の格子戸まで駆け寄っていた彼女は、大きく手を挙げて私を振り返る。

連れて私も、普段より大きく手を振り返した。


…眩しい。

このプールもいつも通りの彼女の笑顔も。

きっと夏のせいではない。

輝く太陽も真っ青な空に膨らむ積乱雲も…あのの前では何もかもが霞んでいくのだろう。

私の大切な…掛け替えのない親友。大好きな人の一人なのだから。この夏休みを共に過ごせる日があってよかった。7月…盛夏の想い出に此処へ引き連れて来てくれた。


「嬉しいな…」

さわさわと風に木々が歌う。

心地好い夏の風に心が踊る。


ザブンッ………!!!


一瞬だった。

無意識のまま…ほとんど気がつかない内に、私はプールへ飛び込んでいた。

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