#12 学生の本分は勉強らしい

 今日の四限は、ゴリラが担当する現代文なのだが、俺達のクラスの進度が早いということで、急遽文化祭関連の話し合いをすることになった。


「調理系は二年生以上、それ以外なら特に制限はありません。何かやりたいことがある人、いますか?」

 

 今回の議題は、文化祭でのクラスの出し物だ。人前で話すのが苦手な小野寺に書記を任せ、司会進行は俺が担当している。


 一年生は初の文化祭ということもあって、すでに教室は盛り上がりを見せている。

 

「はーい、お化け屋敷がやりたいです」


 お、いきなり文化祭っぽいのが来たな。


「どんな感じのお化け屋敷がやりたいとかあるか?」


「うーん、分かんないけど楽しい感じかな」


 最上先輩でも乗り移ったのか?

 そんな下らないツッコミを浮かべていると、一人の男子が勢いよく立ち上がった。


「文化祭といったらメイド喫茶だろ! 昔、兄貴の学校の文化祭で見たんだけどさ、メイドさんってまじで可愛いんだぜ?」


 その意見に、大半の女子が嫌な顔を浮かべる。


「それ、あんたが見たいだけじゃないの?」


「ちっちっちっ、甘いな。俺たちは裏方だ。喜ばせるのはお客様、だろ?」


 むかつく言い方だが、言ってることは正しいな。

 すると後ろから、何やら張り切った声が聞こえる。

 

「メイド……!」

 

 もしかして小野寺、メイド喫茶に乗り気なの?


「小野寺さんに、あんな破廉恥な服着せられるわけないでしょ」


 一方、クラスメイト的には小野寺のメイドはなしという考えらしい。


「メイド……」


 背後の声は、分かりやすく沈んでしまう。

 俺個人としては、小野寺本人の意見が気になるところだが、実行委員が身内贔屓をするわけにはいかない。


「なら、本人に確認しようじゃねぇか。こほん……小野寺さん、メイド喫茶に興味ありますか?」


 白熱した議論の流れ弾が、小野寺に飛んでくる。その場の視線は、彼女に集まっていた。


「ぁ……えっと、私は――」


 小野寺の瞳が教室を駆け巡る。その終着点に選ばれたのは、俺だった。


「メイド喫茶、興味あるな……」


 この鶴の一声によって、クラスの出し物はメイド喫茶に決定した。

 そして教室のあちこちから、歓喜の叫びが上がる。


「よっっしゃぁぁぁ!!」


「きゃーっ! 小野寺さんの表情見た? やっぱりあの噂は本当だったのね!」


 残念ながら、その噂は嘘だ。人の噂も七十五日というが、この調子だと本当に七十五日待たなければ消えない気がしてきた。

 

 こうして見ると、コミュニケーションを取ることさえできれば、小野寺がクラスに溶け込むのは簡単なのだろう。

 今、小野寺に必要なのは恥ずかしさの克服。そう考えれば、メイド喫茶という出し物に興味を持ったのも納得がいった。


「お前たち! 浮かれているようだが、文化祭の二週間後は中間テストだ。くれぐれも勉学を疎かにしないように」


 睨みを利かせたゴリラの言葉に、たちまち教室は静まり返った。



 昼休みの中庭でも、クラスの出し物が話題に上がっていた。

 出し物決めの一部始終を聞いて、蓮はぼそりと呟いた。


「へぇ、メイド喫茶ね……」


「なんだよ、その顔は」


「見て分からない? 羨ましいって顔よ」


「嘘だろ」


 そんな目を鋭くして言われても……。

 

「だってメイド服よ? フリフリで可愛くて、着物とは大違いじゃない。私も着てみたいな……」


 いじけた蓮の頭に、小野寺が手を乗せる。


「毎日着てたら飽きちゃうもんね。でも、私は着物も素敵だと思うよ」


「それは分かってるけど……。私もメイド喫茶って提案しようかしら」


 原則、同学年内で同じ出し物はできないことになっている。しかし、そんな野暮なことを言うつもりはなかった。


「文化祭じゃなくても、着る機会くらいならあるだろ。ほら、コスプレとか」


「あんたに情緒ってものはないの?」


 援護射撃したつもりが、フレンドリーファイアを貰ったようだ。

 同意を求めようと小野寺と翔太に目を向けるが、二人とも無言で首を横に振った。


「渚は、こんな男に引っかかっちゃダメよ」


 蓮はそう言って小野寺を抱き寄せる。


「榊原さん?!」


「蓮でいいって言ってるでしょ? どこかのシスコンと違って、私は下の名前で呼び合いたいの」


 蓮は小野寺を抱き締めたまま、俺に誇らしげな顔を見せる。

 下の名前と聞いて、あの恥ずかしい記憶が蘇った。

 

「れ、蓮ちゃん、苦しいよ……」


「わっ、ごめん! 渚が可愛くて、つい……」


 蓮から解放され、小野寺は呼吸を整える。


「それにしても、ゴリラも容赦ないよな。文化祭の二週間後に中間テストがあるって、わざわざ言うなんてさ」


「田淵先生は、生活指導の先生だから。嫌なことも言わないといけない役なんだよ」


「ゴリラの名字、よく覚えていたね」


 忘れてたの? と驚く小野寺に、俺達三人は頷いた。

 その様子に笑みを零すと、小野寺がある提案をしてきた。


「文化祭が終わったら、皆で勉強会しない? ……私、そういうの憧れなんだ」


「やりましょう! っていうか、やらせてください! 私頭悪いから、教えてもらいたいの……」


 俺と蓮は、中学時代補修の常連だった。翔太に教わることで全教科とはならなかったが、それでも何教科は犠牲になっていた。


「蓮、先生が二人に増えるのは心強いぞ」


「そうね」


 拳を合わせる俺たちを白い目で見ながら、翔太はため息をついた。


「小野寺さん、頑張ろうね。僕達の頑張りだけが、二人を救えるんだ」


 この日、生徒と先生という二つの同盟が結成された。

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