#10 優しい友人と楽しい変人
「いいのかい? 昼食に僕たちもお邪魔しちゃって」
「気にするな。というか、今回は二人に用があるんだ」
俺は、翔太と蓮を中庭に呼んでいた。先週は噛み合わなかったが、ついに今日、四人で集まることができた。
購買のパンで食事を済ませていた翔太以外は、中心のベンチで弁当を広げている。
「それで、用ってなんなの?」
「今日集まってもらったのは、他でもない」
仰々しい前振りに、その場の関心が集まる。
って、小野寺はそんなワクワクした目で見なくてもいいんだぞ?
「――二人に、新しい友達を作ってもらいたいんだ」
「はぁ」
「蓮、その『何言ってんだこいつ』みたいな顔はやめろ。地味に傷つく」
「みたいな、じゃなくてその顔よ。だから、しっかり傷つきなさい」
「くっ、相変わらず手厳しいな……」
そんな下らないやり取りをしていると、翔太が辺りを見渡して言った。
「ねぇ光、その新しい友達というのはどこにいるのかな?」
「何言ってんだ。もうここにいるだろ」
そう言って、俺は小野寺の方に目を向ける。
全員の視線が集中し、小野寺は落ち着かなそうに居住まいを正した。
「もしかして、小野寺さんのことかい?」
「もしかしても何も、他に誰がいるんだ」
「いや、予想外だったというか、誤解だったというか……」
翔太の口振りは、珍しく歯切れが悪い。
「私たちはもう友達のつもりだったから、今さらだってこと」
「……嘘だろ?」
蓮の言葉に、俺と小野寺は顔を見合わせる。
「(小野寺、いつの間に友達になってたんだ?)」
「(し、知らないよ! まだ私、”友達になってください”って言えてない……)」
小野寺曰く、知らない内に友達になっていたらしい。
――つまり、二人の気のせいってことか。まったく、ドジなやつらだ。
「残念だが、二人はまだ小野寺と友達じゃない」
「なんであんたが誇らしそうなのよ」
「ふふ、翔太も蓮も甘いな。二人とも、小野寺に”友達になってください”って言ったか?」
指を立ててそう言う俺を、二人はぽかんと口を開けて見ていた。
「えっと、光は僕達の友達だよね?」
「もちろんだ」
「僕達の中で、誰かそんなこと言ってたかい?」
……そういえば、言ったことも言われたこともないな。ん? じゃあ、友達ってどうやってなるんだ?
蓮は立ち上がると、小野寺へと歩み寄る。そして、小野寺の両手を包み込み、顔をぐっと近づけた。
「あのね、友達になるのに許可なんていらないの。一緒にいるのが楽しかったり、相手のことを大切に思えたら、それってもう友達じゃない?」
迷いのない蓮の意志が、俺達の常識に正面から風穴を開ける。
「ちょっと気が早いかもしれないけど、私と翔くんは小野寺さんを友達だと思ってるし、友達になりたいと思ってる。小野寺さんは、どうかな?」
「わ、私は……」
声を落とす小野寺は、顔を逸らすことができない。二人の距離は、それほどに縮められていた。
「ゆっくりでいいから、小野寺さんの言葉で聞かせて。私たちは、待ってるから」
強い眼差しを最後に緩めて、蓮は優しく言った。
「私……思ってることを言葉にするのが苦手だから、口数が少なくなっちゃうの……。高校に入って頑張ろうと思ったけど、上手く話せない間に、皆離れていっちゃって……」
たどたどしく、でも確実に小野寺は自分で言葉を紡いでいく。蓮の相槌が、話すペースに勢いをつけているようだった。
高嶺の花という先入観が、小野寺から人を遠ざけた。それでも今、こうして直球で思いをぶつけてくれる人もいる。
取るべき手は、すぐそこまで伸ばされている。あとはそれを掴むだけだ。
「こんな私でも、いいのかな? 榊原さんと牧野君と、友達になれるかな……」
「小野寺さんは、僕達と友達になりたいかい?」
「う、うん」
小野寺が顔を上げると、翔太はウィンクを返す。
「それなら僕達は両想いだ。つまり――もう友達ってことだよ」
◇
昼休みを経て、新たに友達が出来た小野寺は、放課後もご機嫌だった。
「ふふん、ふん、ふふーん……」
さっきから鼻唄が聞こえてるけど、これ反応しない方がいいよな。いや、このまま実行委員に顔を出してしまった時のことを考えたら、早めに言うべきか……?
「小野寺、た、楽しそうだな」
「うん。だって、間宮君のおかげで二人も友達ができたんだよ! えへへ、ありがとう」
「……良かったな。でも、頑張ったのは俺じゃない、小野寺だ」
えへへってなんだよ、えへへって! そんな可愛い顔、友達に見せるな!
この会話以来、小野寺に声をかけることはできなかった。しかし、俺の心配は杞憂に終わる。
「こんにちは、今日もよろしくお願いします」
扉を開けた途端、小野寺のスイッチが切り替わる。さっきまでのとろけた口元は引き締められ、表情もすっきりとしていた。
すごいな、これが仕事モードか。
そんな風に感心していると、こちらに気付いた人物がいた。
「こんにちは! よく来てくれたね!」
細い体躯に似合わず、教室中に響くような声量。彼こそが、第四十五回文化祭実行委員会委員長、最上総一郎だ。
演劇部の部長を務めており、その声と動きの大きさから、校内のちょっとした有名人になっている。
「頼まれていたマジックとスケッチブック、カードケース持ってきました」
俺は教壇の上に、購入した物をまとめた袋を置く。
「おぉ、ありがとう! 重くて大変だっただろう? お茶でも飲んで休んでくれ!」
「ありがとうございます……」
どこから現れたのか、キンキンに冷えた麦茶が俺の手元に飛んでくる。
「最上先輩、スケッチブックって何に使うつもりなんですか?」
「間宮君、いい質問だね! それは今日の会議で分かるから、楽しみにしていてくれ!」
回答になっていないような回答を残して、最上先輩は席に着いてしまった。
そして目線で、俺たちにも席に着けと促している。
「俺たちも座ろう」
「うん」
その視線を受けて、俺達も定位置に着いた。
この教室の机は、真ん中に空間を作るように配置されており、角の一席を取り除くことで出入りが可能となっている。
最後の一組が到着し、最上先輩が中心へと足を踏み入れる。
「それでは! これより会議を始める!」
その号令に、教室中から拍手が起こる。
最上先輩は手を目一杯に広げ、全身でその喝采を浴びる。
この儀式は、今期文化祭実行委員における謎の文化だ。最上先輩たっての希望ということで、第一回の会議で決定した。仕事を常人以上に完璧にこなすので、現状誰からも不満の声は上がっていない。
「綾音君! 例の物を配ってくれ!」
拍手が鳴り止むと、副委員長を務める綾音先輩に指示を飛ばす。
「かしこまりました」
そして綾音先輩は、流れるような手際で全ての生徒にマジックペン、スケッチブック、カードケースを行き渡らせる。
「これ、俺たちが買ってきたものだよな」
「そうだね。じゃあ、スケッチブックの使い方も分かるのかな」
「今君たちに渡した物は、一年の間宮君と小野寺君が購入してきてくれたものだ! 各々感謝を忘れないように!」
すると教室の電気が消え、俺たちだけが光に包まれる。
突然の出来事に、教室から小さな悲鳴のようなものも聞こえた。
俺は目を細めながら、光源に目を向ける。
「最上先輩……?」
両手に懐中電灯を持った最上先輩が、俺たちを下から照らしていた。
わざわざ体を屈め、正面を向いていれば光が直接目に入らないように気を配っている。
「綾音君! 電気を!」
その声と共に、再び教室が電灯に照らされる。
この人、本当にめちゃくちゃだ……。
俺はこの先の不安に、ため息を零した。
「本日の議題は、文化祭のスローガン決めだ! 君達には、このスケッチブックにアイデアを書いてもらおうと思う!」
思ったよりも普通の使い道だった。けど、それなら裏紙とかで良かったんじゃないか?
「なんでスケッチブックなんですか?」
同様の疑問が、他の生徒から上がる。
「いい質問だ! 答えは簡単……その方が楽しいからだ!」
大抵の質問に対する最上先輩の答えはこれだ。二つのものが対立した時、どちらの方が”楽しいか”を選択基準にしている。
今年の文化祭を過去最高の出来にしたいというのも、その方が生徒は楽しいという考えが根幹にある。
「もう質問はなさそうだね! では、シンキングタイムスタートだ!」
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