第20話 ぬる暑い中庭にて② 我バストを想う

「今日も暑いですねっ」


 小走りでこっちに来た結衣ゆいちゃんは、少し息を乱しながら笑う。右手で胸元辺りの半袖の白シャツをつまみ、パタパタと風を送る仕草がなんともエロ可愛い。バストが小ぶりなのにこの破壊力。これで中一なのだから末恐ろしいぜ………。おっと、今はそんなことよりも。


「隣座る?」


 俺がベンチの端によると、「どうもです」と結衣ちゃんは嬉しそうに隣に腰掛けた。


「ふぅー。ここ結構涼しいですねっ」 

「そうそう、木陰で風もよく通るから」


 結衣ちゃんの明るい栗色の髪がふわっとゆれる。


「あ〜、確かに。でも、なまぬるい………」

「それが良いのよ」

「え〜、なんでですか。涼しい方が良いですよ」


 結衣ちゃんは可笑しそうに言うと、手に持っていた紙パックのジュースにストローを刺した。い、いちご牛乳??

 

「どうしたんです??」

「あっ、いや、なんか珍しいの飲むなぁって」

「これですか?」


 結衣ちゃんがいちご牛乳を見せてくれた。俺は頷き、「そうそう」と答える。


「甘さでよけいに喉乾かない?」

「う〜ん、そうですね………、あっ、それが良いんですよ〜」

「ええっー? なにそれ?」


 俺の戸惑いに、結衣ちゃんはイタズラ気に笑う。


「飲んで、すぐ喉が乾いて、また飲んでの繰り返し。やめられない………、止められない………、いちご牛乳ですっ、ふふっ」

「こわ! いちご牛乳中毒!?」

「はい! 休日はスーパーやコンビニで買い占めします」

「狂気!!」

「結衣のお部屋は『いちご牛乳』の柄です」

「落ちつかない!!」

「ドアには『いちご牛乳』のネームプレートを付けています」

「もはや自分自身が!?」


 恐ろしい、◯魂の銀さんよりも重症だ。『いちご牛乳』の掛け軸がまともにさえ思える。


「結衣ちゃんも、いちごギューニャーだったんだな………」

「えっ? なんですそれ? きみ悪いんで通報しますね」

「待て待て! 最後にその仕打ちはないだろ!」


 ここにきてまさかの裏切りだった。恐ろしい娘!


「ぷふっ、冗談ですよ、冗談。アニメオリジナルのやつですよね、それ。ふふっ」


 おっ、知っていたか。銀さんの意味不明な屁理屈が良い味だしてんだよね。また見たくなってくるぜ。


「あっ、それと、さっき私が言ったのも冗談ですからねっ」


と、結衣ちゃんは楽しそうに笑いながらストローを勢いよく吸い込んだ。


「うーん!  甘くて美味しいっ。ふぅー」

「でも好きなんだねぇ、いちご牛乳」

「はいっ、自販機やコンビニで見かけたらつい買っちゃいます。せんぱいはオレンジが好きなんですか?」

「ん? ん〜、ほんとは炭酸系の飲み物が好きなんだけど、学校の自販機に無いからさ。なんとなく、オレンジばっか選んじゃうんだよね」


 そう言って、俺はオレンジジュースを眺める。まあ、美味しいから良いんだけどさ。


「ふーん、じゃあ、いちご牛乳はどうですか?」

「ははっ、それは無い無い。あっ」

 

 結衣ちゃんの不意な提案に、素直な声が出てしまった。まずいことしたかな………?

 

「い、今のはなんというか冗談で」

「ウソです。結衣には分かります。ふーん、そうですか、そんなに嫌ですか」


 むくーっ、と両頬をふくらませていた。とても不満気な表情だ。うむ………、どうしたものか。可愛い顔が台無しだぜぇ、と言ってみる? いや、余計に怒られるな。


「なんで嫌なんですかッ?」

「あ〜………、いや、その、甘すぎてさ、余計に喉渇くから………」

「その甘さが良いんですよッ! 渇きとか気にならないですッ! それにいちご味なのでわりとスッキリした後味ですよ」

「そ、そうかなぁ」

「ですです、なんで交換しましょうよ」


 結衣ちゃんが、俺にいちご牛乳を差し出した。


「えっ? オレンジジュースと?」 

「はい、それしかないじゃないですか」

 

 グイグイと、俺が持っているオレンジジュースにいちご牛乳を押しつける結衣ちゃん。ちょ、ちょいちょい、そんな無理やりだとさらに飲む気がなくなる。人の嫌がるものを押し付けてはダメだぞ、とは言いにくい。さて、どう断ったら………、ん?

 

 俺は結衣ちゃんの持っているいちご牛乳を見る。


 ストローがささっている。それは飲んだから。誰が? 結衣ちゃんしかいない。それを交換、それって………、間接キス!?


「せんぱい、早く交換してくださいよ」 

「へっ!? いや、ちょっとマズいと思うのだが!?」

「マズくないですよッ!! 美味しいですッ!!」

「そ、そうじゃなくて………!?」

 

 ご立腹な結衣ちゃんに、つい声が小さくなる。どうしよ、俺が気にしすぎているのか!? てか結衣ちゃん気づかないの!? もうここははっきりと、『俺と間接キスになるぜ、可愛いベイビー』と言うべきか、って言えるかぁ!!


「むむぅ、せんぱいは意地でも交換しないつもりですね………」


 意地とかじゃなくて気まずいの!! はやく気づいて、間接キスに! 結衣ちゃん!!


「…………、あっ!!」


 おっ!! 気づいてくれた! んん?


 結衣ちゃんはなぜか俺の後ろを指差した。そして、


「春奈せんぱいです!」

「いいっ!? ま、まじで!?」


 なんでこんなタイミングで!? 


 昨日のビンタされた恐怖も思い出しながら、俺は慌てて後ろを振り返った。そこに、春奈の姿はなかった。てか、誰もいない??


「すきあり!!」


 結衣ちゃんのイタズラな声音と同時に、俺の片手が軽くなる。慌てて隣に視線を戻すと、結衣ちゃんはベンチから立ち上がって駆け出していた。


「ゆ、結衣ちゃん!!」


 俺から少し離れてから、振り返った結衣ちゃん。小さな口元は楽しげに微笑んでいる。淡い唇がそっと開いた。


「いただきますねっ」

「えっ?? あっ!」


 結衣ちゃんが片手に持っているオレンジジュース。お、俺の!! 


「隣に置いときましたからー!」


 一瞬なんのことかと思ったが、俺はハッとして、さっきまで結衣ちゃんが座っていたとこに目をやる。そこには、いちご牛乳が置かれていた。ま、まんまとしてやられた! 


「爽太せんぱ〜い!」


 ぐぐっ、はいはい、なんでしょう。


 俺は悔しく思いながらも、結衣ちゃんに目を向ける。

  明るい栗色の髪に、小さな顔立ちに映えるボブカットの彼女。くりっとした可愛い目つきはどこかキラキラしていて、いつも面白いことを探している好奇心に満ちている。

 

 この子にターゲットにされた獲物(男子)はことごとく彼女の魔の手に落ちていく(勝手に惚れて、告白して、無惨に振られる)と聞いている。


「ちゃんと、いちご牛乳飲んでくださいよっ! では、さらばですっ!」


 そういって、駆け足で去っていく結衣ちゃん。ぱっと見は明るくてフランクな女子、だがその裏の顔は小悪魔系なのだ。


 ほんと恐ろしくも超かわいい後輩だ。


 結衣ちゃんが去った後の中庭は、ときおり吹く風に揺れる青葉の音が心地よく響いていた。俺の気持ちもなんだか落ち着く。


 さて、どうしたものか。


 俺はいちご牛乳を手に取る。ひんやりとまだ冷たい。飲むなら冷たいうちだ。

 刺さったままのストローを見ると、じんわり変な焦りが込み上げてくる。こらこら、気にしすぎだ。放課後、部室で結衣ちゃんに感想を聞かれるかもしれないなら。


 俺はストローを勢いよく吸い込んだ。


 あっまい、すごく甘い。


 ストローから口を離す。口のなかに広がる、牛乳といちごのやわらかな甘味が喉をせかす。


「またすぐ飲みたくなるなっ」


 またストローをくわえて、あまあまの世界へ。うん、美味しい。たまには、いちご牛乳もありかもしれん。


 夏の木漏れ日のなか、ひとり平和にのんびりと。いちご牛乳を片手に、ふと思った。今度は、一緒にいちご牛乳を飲むのも良いな。

 いつになるかは、わからないけど。明日かも知れないし、1週間後か、はては1ヶ月後、もしかしたら1年後にとか。そのとき、ふと思った。


「1年後………、結衣ちゃん、バストアップしてんのかな」


 いちご牛乳の効果を期待したい。がんばれ、結衣ちゃん!


 昼休み終了前の予鈴が、中庭に響いた。おわっ!? ゆっくりしすぎた!


 いちご牛乳を飲み干し、ゴミ箱へ。結衣ちゃんのバストに想いをはせつつ、自分の教室へ、クールに戻るぜっ!!


「こらっー!! 廊下を走るなっ!」

「はうっ! す、すいませんっ!」


 通りすがりの先生にめっちゃ怒られましたとさ。天罰かな、とほほ………泣(ノД`)。

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今日も俺は幼馴染のバストサイズを知りたい(聞き出す事に青春全部かけてます)【幼馴染】もっと違うことに青春かけなさいよッ!! @myosisann

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