第18話 心理(男泣き)

「首の筋肉を鍛える方法?」


 目を丸くし不思議そうに首をかしげる穂花ほのか先輩。放課後の文芸部の部室にて、俺は部活動そっちのけで、真面目な顔で尋ね頷いた。俺にとって、今一番大事なことだと思うからだ。

 結衣ゆいちゃんも不思議そうな顔をして見守るなか、春奈はるなだけは、俺に鋭い視線を送っていた。


 ぞくり。


 自然と、右手が右頬をさすっていた。昨日の古傷がうずく。あのときのビンタの威力、首も一緒にもがれていたらと思うと背筋が震えるぜ……。そう思うくらいの威力だった。


「そうねぇ……、うん、色々あるのだけど……」


 穂花先輩は部長としての貫禄を出しつつ、スッと両目を閉じた。


 数秒の沈黙。でも、俺には何十分、いや、何時間ともいえるような時の流れを感じた。


 穂花先輩の目が薄く開き、小さな笑みを浮かべた。

 

 答えを知っている、俺はそう確信した。


 ごくり、と喉が鳴る。


 穂花先輩の薄く淡い口元が、開いた。


「頭に50kgくらいのターバンをつけて毎日を過ごせば良いと思うわよ」

「死にますってそれ。なんですかその鍛え方。首折れちゃいますって」


 ぶっ飛んだトレーニングだった。誰がそんなことしてんの? インド人? いやいや、インド人もびっくりだよ。


「ナメッ◯星人はそうやって鍛えてるじゃない?」

「まさかのナ◯ック星人……!? いやでもピッ◯ロだけですよ! そんなハチャメチャな鍛え方してるのは……。参考になりませんよ……」


 期待した俺が切ないぜ……。はぁ〜……。


 俺のガッカリ具合に気づいたのか、穂花先輩が苦笑する。


「なにかあったの?」

「えっ? あ〜……、それはですね……」


 チラリと向けた視線に、春奈が気づいた。すごくしかめた顔つきで口を尖らせる。


「なによッ」


 こわっ……! そんな怒らんでも……。って、逆に俺が怒りたいわ!! 昨日思いっきりビンタしやがって!


 俺と春奈が睨み合っていると、


「まあ、何があったのか、爽太くんの右頬を見たらだいたい分かるけど」


 穂花先輩は困ったように笑った。うっ、確かに、俺の右頬には春奈のビンタの跡がうっすら残ってるからな……。


「爽太先輩、またやらかしたんですかぁ??」


 我が文芸部の可愛い後輩である結衣ちゃんが、呆れ顔で俺を見つめる。なんて心外なことを。俺は別にやらかしてなんか、


「わ、私のを、計算式で求めようとしてたの、こ、この、ばかはッ」


 そう言いながら、春奈がふくよかなバストを両手で守るように抱きしめる。おおっ!? やべえ! なんか寄せて上げるみたいな形になっていて、バストの見応えが、


「「うわあっ〜……」」

「はっ……!? あっ、いや、あの!?」 


 穂花先輩と結衣ちゃんがドン引きの目で俺をねめつけていた。うん、やらかしてました、俺。昨日も、今もねっ!


「はあ~……、結衣はいつも不思議に思うんですけど、なんでそんなに知りたいんですか?? 春奈先輩の、その、ここ?」


 と、結衣ちゃんは控えめに小さな胸を張る。うむ、まだ中学1年生だから、主張は控えめだ。だが、これからのポテンシャルは無限大。春奈や穂花先輩みたいに大きく育って欲しいと願う。おっと、本題からずれてしまった、こほん。


 俺は、結衣ちゃんにシンプルで分かりやすい答えを伝えた。


「そこに、春奈のバストがあるからさっ」


 それを聞いた結衣ちゃんの瞳が見開く。なにか考えをめぐらし、そして悟ったように、小さく呟いた。


「深い言葉ですねっ……」

「浅いわよっ!? どう考えたらそうなるの結衣ちゃん!!」


 春奈の呼びかけに、結衣ちゃんは穏やかな笑みを浮かべる。


「結衣は、心理に触れた気がしまして……」

「心理じゃないよ!! ただの下心だからねッ!」

「あら? 下心も、心理のひとつとも言えるんじゃない?」

「穂花先輩!? 何を言ってるんですか!?」

「いえ、だって、爽太くんの、ありのまま、謝りなく、真っ直ぐな想い……、ほぼ心理に近いなにか……、つまり」


「「「そこに、春奈のバストがあるからさっ」」」

「最悪のはもり!?!? も、もうっ!! 爽太ッ!!」

「は、はい!?!?」


 ガタッ!! っと勢いよく椅子から立ち上がる春奈。もちろん、バストも勢いよく弾んでます。

 

 春奈が顔を赤くし、すっごく怒った顔で俺のところへずしん! ずしん! と勢いよく近づいてくる。


 ま、まずい!! こ、これはビンタされる!? に、逃げなくては!!


 俺も席を立とうとしたら、


 ガシっ!!


「なっ!? えっ!? 穂花先輩!? 結衣ちゃん!?」


 いつの間にか、俺の側にいた。そして、左右からがっしりと、俺を席から離さないように、お、押さえつけている!?


「2人ともなにを!?」

「心理から逃げちゃダメよ」

「はいです」

「いやいやいや!? 真理じゃないですって!? ただのビンタがくるだけですから!!」

「あら? ビンタも、心理のひとつとも言えるんじゃない?」

「穂花先輩!? 何を言ってるんですか!?」

「いえ、だって、春奈ちゃんの、ありのまま、謝りなく、真っ直ぐな想い……、ほぼ心理に近いなにか……、つまり」


「爽太ッ!!」

「ひっ!?!?」

「この、ばかあああああああああっー!!」

「ぶへらあ!?!?!?」


 右頬に超覚えのある痛みが走る!!


 椅子から転げ落ちる俺。そんな俺を見下す春奈。鬼のような形相で、


「今日の部活動は解散!! 穂花先輩、結衣ちゃん、一緒に帰りましょう!!」

「「は、は~い」」

「えっ!? ちょ、ちょっと!?」

「ま、また明日ね、爽太くん」

「ま、また明日に! 爽太先輩」


 なっ!? お、置いてかないで!! 我が愛しの美少女たち~!?!?


 俺の祈り虚しく、春奈、穂花先輩、結衣ちゃんは部室から出ていってしまった。


ポツンと取り残された、哀れな男子こと、竹本爽太、つまり俺。


「なぜ、俺だけ……怒られて、こんな目に……」


これも心理というやつなのか……。う~ん……。


少し悩み、俺は、そっと呟いた。


「首、鍛えよ……」


 そのうちもげる。


 俺はそんな心理に触れて、小さく泣いてしまいましたとさ。めでたし、めでたし……、ぐすっ(泣)。


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