第6話 俺と朋希と昼休み

「てかさー、朋希トイレ長くね?」

「あれだろ?でっかいアナコンダでも飛び出してきてるんだろ、きっと」


 昼休みの終わりかけ、トイレに行くといってから、ややしばらく朋希が戻ってこない。俺こと色麻 颯斗は、気になっていることを拓弥に聞いてみることにした。


「なあ、拓弥はさ、朋希の好きな奴って知ってる?」

「おいおい、それは幼なじみの颯ちんの方が詳しいんじゃないの?」

「いや・・・・・・、俺は全く分からない」

「そっか・・・・・・、てか本当に朋やんが恋してる系かは分からないっしょ。なんせ朋やん、イエスともノーとも言わなかったし」


 たしかにそのとおりだった。今の朋希は、昔とは変わってしまっていて、正直分からないことが多くなっていた。


「ごめんごめん、遅くなったね」


 ようやく戻ってきた朋希の右手には、見覚えのない桜色の便箋が握られていた。


「おいおい朋やん、そのあからさまにラブなレターは何よ?あれか?告白でもされてたんか?」

「はははっ、僕が告白なんてされるわけないじゃん。預かったんだよ。颯斗に渡してくれって・・・・・・」

「えっ、俺に?」

「うん。亜由美さんて子から。結構かわいい子だったよ」


 そういって手渡された桜色の便箋は、その亜由美という子の誠実さが伝わってくるように綺麗だった。しかし、それ以上に俺は戸惑っていた。なぜ、

 俺に直接渡してくれてもいいし、なんなら下駄箱に入れるといった手段もとれるというのに……。

 おそらくだが、その亜由美って子にとって、朋希は託しやすい相手だったのだろう。昔から朋希は、親しみやすい奴だったから、色んな人に気さくに声をかけられやすかった。そのうえ、俺と幼馴染だということも知られているはずだ。

 直接手渡す勇気はなくても、下駄箱に入れるよりも誠意を見せたい。そんなところだろう。

 

「そうか。ありがとう。悪いな、面倒かけた」

「たいしたことじゃないよ」

「颯ちんばかりずりーぜ。なんで、ムッツリ大魔神の颯ちんばっかりモテるんだよ?」

「そりゃー、颯斗が凄い男だからだよ。陸上でインターハイに行っちゃうし、顔もいいしね。・・・・・・まあ、ムッツリだけど」

「ふふっ、モテる男は辛いぜ。って、言うほどムッツリじゃねえよ」


 などと、おどけてみるが、心中は穏やかでは無かった。なにせ、俺は朋希の方がよっぽど凄い男だと思っているからだ。



 小学2年生の春、俺は隣の県から引っ越してきた。人見知りで口が悪いうえに、目つきも悪かった俺に最初に話しかけてくれたのが朋希だった。


「ねえ、颯斗くん。颯斗くんってさ、足速い?」

「まあ、前の学校では一番だったけど・・・・・・」

「本当?ならさあ、リレーのチームに入ってよ」

「は?リレーって、なんで入らなきゃならねえんだよ」

「実はさ、僕たち1組と2組で、4人一組のリレー勝負をすることになったんだ。で、勝ったクラスが校庭を自由に使える」

「なんでそんな勝負をすることになってんだよ?」

「仕方がなかったんだよ……。僕たちは鬼ごっこがしたいのに、2組はドッジボールがしたいっていうんだから」

「でもそれじゃ負けたクラスは校庭を使えないってことだろ?そんな勝負よく2組が受けたな……」

「うん、だから僕は提案したんだ。1組が勝ったら校庭を半分ずつに分けて使う。2組が勝ったら仕方がないけど、僕たちも一緒にドッジボールをするって。そのかわり、時々は一緒に鬼ごっこをしようって。これなら、どっちが勝っても良いでしょ?先生にもそう言ったら、よく考えたなって褒められたんだ」

「先生の許可までもらってんのか……」


 俺は子どもながらに、隣のクラスを巻き込む行動力と大人顔負けの発想力を持つ朋希に驚嘆していた。


「ただ、僕らのチームは3人しかいなくて困ってたんだ。もし良かったら、一緒に戦ってくれない?」

「いいけど、一つ条件がある。俺とかけっこで勝負だ。もし俺が負けたらお前の言うことを聞いてやるよ」

「分かった。僕だって負けないよ」


 正直、リレーのチームに入ることに異論は無かったが、当時の俺は誰かに指図を受けることが嫌いだった。前の学校では俺が一番足が速くて、一番勉強が出来たから。だからこそ、かけっこでは負けるわけがないと思いながらも、一瞬でも驚かされた朋希とは全力で戦ってみたかった。


 俺と朋希のかけっこ勝負はその日の昼休みに行われた。俺はそこで、人生で初めて、完膚なきまでの敗北の苦さを味わうことになったんだ。

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