第5話 僕と朱莉と喫茶店

「ねえ、朋希。これっ、これすごく美味しい」


 どこか老舗の香りが漂う喫茶店の窓際の席で、正面に座る朱莉が、満面の笑みを浮かべる。喫茶店は初老のマスターが一人で回しており、こじんまりとしながらも随所にこだわりを感じられる店舗だった。ありていにいうと、めちゃくちゃオシャレで、多分僕一人だったら、入るのに尻込みしていたことだろう。


「朱莉、何頼んだんだっけ?」

「私は、カフェラテですよ。朋希はアイスコーヒーでしたっけ?いつも行くストバのも美味しいですけど、こういう喫茶店の味って、本格的な感じがしますね」

「うん、わかるよ。なんか大人の味って感じするよね」


 あらためて、僕が頼んだアイスコーヒーを口に含む。

 さわやかな苦みとほのかな酸味が口いっぱいに広がる。鼻を抜けるコーヒーの香りは、インスタントコーヒーとは大違いだ。

 ふと顔を上げると、カップを置いた朱莉と目が合い、思わず視線をアイスコーヒーに逸らしてしまった。下校途中で寄ったため朱莉はブレザー姿のままだが、教室とは違って大人っぽい雰囲気を醸し出していて、照れくさかった。


「朋希のアイスコーヒーも美味しいですか?」

「う、うん。ブラックだけどすごく飲みやすいよ」

「そうなんですか?一口ください」


 朱莉はそういうと、僕の返事を待つことなくストローに口をつける。

 間接キスじゃないかと、僕がうろたえているなんて気にも留めないんだろうな。


「んっ、苦っ。朋希、よくブラックで飲めますね・・・・・・って、あれ?顔が赤いですよ?どうかしま・・・・・・あっ」


 朱莉の頬にも紅がさす。朱莉も間接キスには照れるんだと思うと、僕は少しだけほっとした。


「あ、あはは。昔はよく飲みあいっこしましたよね。ん、んっ、朋希もカフェラテ飲みますか?」

「うん、あ、ありがとう」


 僕はマグカップの跡がついてない側に口を付けた。味なんてよくわからない。


「お、美味しいね。ははっ・・・・・・」

「うん、美味しいね・・・・・・」


 一度会話が途切れてしまうと、静寂に支配されてしまう。喫茶店の窓には斜陽が差し込み始める。無音を切り裂いたのは朱莉だった。


「あの、朋希・・・・・・、小耳にはさんだのですけど、颯斗また告白されたって。本当ですか?」

「うん。また僕を介して手紙を渡したんだ・・・・・・。今日の昼休みの終わりだから、今頃告白されてるんじゃないかな?」

「・・・・・・颯斗は、告白受けると思いますか?」

「うーん?・・・・・・多分受けないんじゃないかな?」

「それは、のをまだ引きずってるってこと?」

「うん。・・・・・・颯斗は口にしないけど、たぶんね」


 颯斗は自他ともに認めるムッツリ大魔神だ。でも、中学のときの交際で苦い経験をしてしまったこともあり、彼女は作りたがらない。それもまた、ムッツリ大魔神になってしまった要因なのかもしれないが・・・・・・。


「そっか・・・・・・。ねえ、朋希。私の相談に乗ってほしいんです」

「・・・・・・どうしたの?改まって?」


 朱莉はしばらく逡巡していたのか、無言になってしまった。僕にはなんとなく、朱莉が何を相談しようとしているのか分かってしまった。それは幼馴染の関係だからではない。僕が朱莉に抱いている感情のせいだ。朱莉は恋する乙女の表情をしていた。

 しばらくして、朱莉はゆっくりと口を開いた。


「私ね、颯斗のことが好きなの」

「・・・・・・うん」

「それでね・・・・・・、私が颯斗とお付き合いできるように協力してくれないかな?」


 分かっていた。

 分かっていても、僕の心臓をぎゅっと締め付けるには十分すぎる言葉だった。

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