第22話 終業式
「夏休みの間、危ないことはしないこと。例えばカエルに爆竹詰めるとか、花火を自転車の前カゴに入れて走るとか、絶対しちゃいけませんからね!」
「せんせー、さすがにそんなこと誰もしないと思う」
「一応言っとかないとじゃないですか……!」
うちの担任は美人だと言われてる。実際俺も美人だと思う。けどどこか残念だ。爆竹とかバイオレンスすぎるだろ。たまに二日酔いで学校休んでる日あるし。
「まぁ、とにかく安全に過ごしてくださいね。はい。じゃあ終礼は終わりです!」
先生の言葉が終わった瞬間、クラスが途端に騒がしくなった。
個人懇談のための、しばらくの半日登校を終えての夏休み。解放感が半端じゃない。
俺もそそくさと荷物を詰めると教室を出た。
「春野くん」
ちょうど靴を履き替えようとしたところで、袖を掴まれた。この引き止め方は、1人しかいない。荷物を持って俺の靴箱の近くにいたあたり、待っていたらしい。
「どうした、泡羽」
「一緒に帰ろう」
「あっ、う、うん」
泡羽と一緒にいるのは、今はちょっと気まずい。
だってこの前の勉強会の一件といい、頭なでなで事件といい、泡羽は距離感がおかしい。
それも本人に自覚がありそうというか……もしかしたら脈アリなんじゃないか、と思わせるような行動ばかりする。てか、勘違いしない方がおかしい……とか言い出したらこれストーカーとかと同じ思考回路になるのか? いや、そんなことないよな……えっ、どうなんだろ。
「学校に来なくなっちゃうから、夏休み会えなくなる」
「そうだな……」
「だから会おう。夏休みの間」
「う、うん。どこで遊ぶ?」
「春野くんとなら、どこでもいい」
「映画とか? あと店とかをブラブラするだけとか。えーっと遊園地もだし、あっ、そういえばプールのチケットを……」
「プールのチケット?」
「う、うん。前にとある人からもらってさ……」
「プール……」
もう一度呟いた泡羽は顔を上げた。
「プール、行こう!」
「うん。ちょうどチケットも2枚あって」
「実は私もプールのチケット持ってる。だから、行こう。誰か一緒でもいいし。7月30日、空いてる?」
「えっ、うん。空いてる」
悲しいかな俺には夏休みの間の予定というものがない。だからバイトを除けば大抵どの曜日でも空いてる。
「じゃあその日に行こうよ! 絶対!」
「う、うん。行こうか」
泡羽のテンションが今までにない高さだ。
ニコニコと満面の笑みになった彼女は、機嫌良さげに窓の外を見た。
「あっ、もうすぐ最寄り駅だ」
「やっぱ人と喋ってると電車って早いよな」
「うん。あっという間だった。またね、春野くん。プール絶対来て」
手を振って、軽々とした足取りで泡羽は電車を降りていく。
その様子を何回か頭に思い浮かべながら、俺は家へと歩いた。
玄関の鍵を閉めた瞬間、携帯が鳴り出す。画面に映る名が示すのは、予想通り母親だ。
通話ボタンを押してから靴を乱雑に脱ぎ、部屋に上がる。
「もしもし、母さん?」
「あっ、柊一? どう? 元気にしてる? もうそろそろ夏休みでしょ?」
「あぁ、うん。元気にやってるよ」
「それなら良かった。あの、1つお願いがあるんだけどね……?」
「なに?」
「
「えっ、1人でこっちまで来んの?」
「だって本人がそうしたいって言ってるし……小4だからもう大丈夫だと思うんだけど」
「いや、もし変な人に誘拐されたりしたらヤバいじゃん。母さんが無理だったら俺迎えに行くよ」
「それじゃ大変でしょ? 最寄り駅まで迎えに行ってもらえたら大丈夫だから」
「いや、絶対迎えに行く。何日?」
まずあいつ1人で来れるかどうかが怪しい。
それこそ反対側の新幹線とかに乗っちゃったらヤバいし、そこで変な人に道を尋ねて連れ去られたりしたら……とか考え出したら恐怖でしかない。
「7月29日くらい。いける?」
「あぁ、それならいける……いや、そういえば」
「そういえば?」
「7月30日にプール行く約束してるんだった」
ふと頭に浮かぶのは、『誰か一緒でもいいし』という泡羽の言葉。いやぁでもさすがに、妹連れてくのは良くないかな……
「あぁ、そうなのね。じゃあ日にちとかまた連絡するから」
「うん。分かった」
ピロン、と間抜けな音がして電話が切れる。
今のところの夏休みの予定は、梨乃が来るのと泡羽とプールに行くことだ。
最初は0だったのを考えれば、だいぶ増えた気がする。
意外と今年の夏は忙しくなる……ことはないか。
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