香月湊は残念である
第23話 最後のメンバー
俺は夏休みの初めの方に宿題は終わらせてしまうタイプだ。元々そんな几帳面な性格でもないけど、それなりにいい大学には入りたいから努力はしている。
朝からそうやって意気込んで勉強を始めたのは良かったものの、夏休み初日にして集中力が切れてカフェに来た。
結局バイトは合格できて、今週から仕事が始まる。夏休みの終わり頃にはバイト代が入る予定だから、ちょっとくらい贅沢しても問題ない……はず。
「疲れたな……」
広げていた教科書たちを一旦リュックにしまい込む。代わりに休憩用にと持ってきていたラノベを出した。
メロンソーダを飲みながら1枚1枚ページをめくる。
この前綾瀬と音海と共に本屋に行ったときに買ったやつだ。もう何度か読んだけど、新しく読み直すたびに発見があって面白い。例えば伏線とか、登場人物の癖とか。
俺は好きな本は何十回も読む派である。
ペラリ、とまた1枚ページをめくったところで、隣の少女が俺をじっと見つめているのに気づいた
勘違いじゃないはず。視線が本を貫通しそうだ。
でもこういうときって声掛けていいんだっけ。それとも気付かないふりして本読み続けるべき?
白い髪のショートカットの彼女を横目でチラッと見て、俺は気づいた。
――この子、ラブアートのメンバーの1人だ。あのCDショップの映像に映っていた。
『もうこのままいったらもう1人のメンバーにも会っちゃったりして』
音海の言葉が頭に蘇る。
マジか。今俺、最後のメンバーに出会っちゃってるんじゃないか?
奇跡すぎる体験だ。世間は狭いとよく言うけど、偶然にも程がある。
でもこれで分かった。見つめてくる理由は分からないけど、この子は怪しい人じゃない。
「あの……」
声をかけると、彼女はゆっくりとこちらを見た。
綺麗な瞳だ。透き通るような緑の瞳に、思わず引き込まれる。
この子もとんでもない美人だ。人間味があまりなくて、人形みたいな、人工的な美しさを感じさせる。
「なんですか?」
「いや、その勘違いだったら申し訳ないんですけど、視線を感じるっていうか、なんていうか……」
「視線……あぁ、本ですね」
「本……?」
美少女の視線を辿った先には、俺のラノベがあった。どうやらラノベの表紙を見ていたらしい。
「気づかれてしまったんですね。単刀直入に申し上げますと、私、その作者です」
「……え!?」
この子今とんでもないことサラッと言わなかったか?
「私、香月湊です」
「えっ、えと……冗談、ですか?」
「どうしてそう思うんですか?」
「いやなんか、想像とは違って……文体から男性の方が書かれているのかと……」
「いえ、私です。証拠もあります。ほら」
美少女はカバンからスマホを取り出した。
少し操作すると、画面を俺に見せてくる。
正真正銘、香月湊のMtwitterプロフィール画面だった。ちゃんと公式のやつだ。こう言われれば、俺にはなにも言えない。
「疑ってすみません」
「いえ、今まで何度も言われましたから。作者は男じゃないかって。それに私、少し男性らしい文体で書くことを意識していますので、逆に嬉しいですよ」
フォローされてしまった。
「あの、1つお聞きしたいんですが」
「なんですか?」
「私の小説について、どこが面白いと思いましたか?」
「どこ? どこって、全部ですけど……伏線とかも綺麗だし、登場人物もみんな好きだし、癖とかも一つ一つ丁寧に描かれていて、話にとても引き込まれるとことか」
「なるほど。ちなみに伏線としては、どんなところ好きですか?」
「伏線か……1番びっくりしたのは、1巻でのヒロインの癖が、最新刊の主人公の癖になってるっていうか……それを仄めかす描写ありましたよね? 何気ない感じだったし、俺の読み間違えかもしれませんけど……」
「あの、それ……」
香月はびっくりしたように呟いた。
「私の担当さんも気づかなかったんですよ? どうやって気づいたんですか?」
「うーん、読み込んだから、ですかね。何十回も」
「そんなに……あの、私の本って他に知ってますか?」
「ラノベなら家にありますよ。一応俺も1ファンとして、全冊揃えてます」
「ほ、本当ですか! 嬉しいです! 作者冥利につきますね」
「俺も毎回話が出るたびに楽しませていただいているので、こうして会えたことが本当に嬉しいというか……あっ、サインとかいただけたりしないですか? 大切にするので」
「ぜひ!」
筆箱の中からペンを取り出し、香月に渡す。彼女は嬉しそうにサインを書いてくれた。神対応すぎるだろ。
「あっ、でも、サインの代わりに1つお願いいいですか?」
「なんでしょうか?」
「あの、家にあげてもらえませんか?」
「……ん?」
「置かれている本が見たくて……あともっと詳しく話が聞きたいです」
……マジで?
もしかして最後のメンバーが変人だっていうのは、ここら辺から来てるんだろうか。
「でもそんなの貴女が危ないでしょう?」
「なんでです?」
「俺が変な人かもしれないじゃないですか」
「そういう人は大抵変じゃないっていうセオリーが」
「でももし本当に変な人だったらどうするんですか? 裏をかいてるかもしれないし」
香月はしばらく考え込むような表情をすると、あっ、と何か思いついたかのように手を叩いた。
「じゃあ、こういうのはどうでしょうか。私は貴方のことが気に入りました。だから、殺されてもいいし、犯されたっていい。本気ですよ? だから家に着いていってもいいですか?」
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