第16話 カフェの中で①
何名様ですか? という店員の問いに音海が3名です! と元気よく答える。中を案内されると、そこは予想通りの混雑具合だった。
店内では『糸宮ぼたん』のオリジナル曲のMVが流されており、なかなかの気合いを感じる。そしてやっぱり、そのBGMの声と、音海の声はなんとなく似ていた。ぼたんは配信のとき、おそらく地声で話してはいない。だから声は違うけど、声質がそっくりな気が……
ま、でもさすがに本人が来るわけないか。身バレの危険だってあるし、ファンばっかり来るわけだし。そんな中に紛れるの危なすぎるだろ。
店員にオーダーして、グッズを見に行く。レジは混雑していたけど、まだなんとか買えそうだった。もしかしたらそろそろ整理券が配布されるかもしれない。
「賑わってるわね」
「そうだな」
アイナが店内の様子を見てポツリと呟く。店内の客は男女半々といったところか。1人で来ている人が多く、俺たちみたいに固まって行動している人はあまりいない。
「ぼたんのグッズすごいね〜。はるっちはどれ買う?」
「とりあえずアクキーとクリアファイルと缶バッジですかね。あとガチャガチャも回したいな……」
「んーやっぱ王道がいいよね。あたしもそうするかな…………いや、ガチャガチャだけ回そう」
「えっ、音海さんそれだけでいいんですか?」
「おっ、はるっち愛が炸裂しているね! 真の仲間だっ」
音海が俺の肩に腕を回した。身長がじゃっかん足りてないせいでおかしな感じになっているけど、本人は気にしていないようだ。
ていうかそれより……
「小夏ちゃん! そ、それは男女の接近できる距離を超えてる!」
そう。綾瀬の言う通り、あまりにも距離が近い。
あまりにも距離が近いがゆえ、当たっている。
ナニがとは言わない。ナニがとは言えないけど、とにかく強烈ででかい爆弾がしっかりと当たっている。
普段は恋愛に対してあまり興味がない俺だけど、さすがに今回のはダメだ。
背中に当たる柔らかい感触と弾力。素晴らしい破壊力。
何食わぬ顔でえ〜ダメ? と唇を尖らせる音海に、綾瀬が顔を真っ赤にしてダメ! と言う。
「アイナは初心だなぁ。友達なら普通じゃん」
「普通じゃない!」
「そうですよ距離近いです……って友達?」
「えっ、そうじゃないの?」
「あっ……そうです」
昨日出会ったばっかりじゃ……
やっぱギャルだし陽キャっぽいから距離詰めるの早いんだろうか。でも友達認定してくれてるのは嬉しいというか、なんというか。
たぶん本来の俺ならここからできるだけ関係を持たないようにしていたけど、なんだかんだ嬉しいと感じるのは、人の温かさみたいなものに飢えているからなのかもしれない。
音海は不満げに俺から離れた。
ちょうどハラハラしたグッズ購入が終わったところで、料理が届いた。俺が頼んだのは特製オムライスとパフェ、それにドリンク。糸宮ぼたんのイメージカラーなだけあって、黄色がふんだんに使われている。あとは配信でのハプニングを意識したものとか、髪飾りを模したものとかが食べ物の上に乗っていたり。
「いやぁ、にしてもやっぱ考えれば考えるほど偶然だね。私の知り合いがアイナの知り合いだとは……! しかも風ちゃんの友達なんでしょ?」
「風ちゃんって……?」
「あぁ、泡羽風花ちゃんのことね」
「私から友達だって、小夏ちゃんに言ってたの」
「そうだったんですね。そうです。たまたま同じ部活で」
「あっ、それでか」
前ならこの質問にはちょっと戸惑っていただろう。だって泡羽とはそこまで喋ってなかったし、てかそもそも高校では友達を作ろうなんて思ってなかった。
だけどこの前の勉強会で一気に距離が縮まったし、何より仲良くなろう、と言ってくれたんだ。戸惑ったらきっと失礼になる。
「実はね、あたしもアイナたちと同じグループのメンバーだったんだよね」
「えっ、そうなんですか」
まさかそういう繋がりだったとは。
綾瀬と音海ってどうやって知り合ったのか分からない感じだったけど、そういうことか。
「そうそう。もうこのままいったらもう1人のメンバーにも会っちゃったりして」
「たしかにね。あの子神出鬼没だし、いつ会ってもおかしくないかも」
「どんな子なんですか?」
「えーっと年はあたしの2つ下……だから今中3かな」
「あと天才肌」
「あっ、そうだね。運動も勉強も何もかも1番だもんなぁ」
「なんかすごいですね」
「まぁ、かなりの変人だけどね」
音海がクスッと笑った。その目の感じが、子どものことを考えてる母親みたいな……グループの中でも最年長みたいだし、お姉さん的な役割だったのかもしれない。
「そーだ! それからはるっちのぼたんへの愛を聞かないと!」
「なんでそんな聞きたいんですか」
「だって同じファンとして気になるじゃんか。で、はるっちはぼたんのどういうとこが好きなの?」
「やっぱり安定したトーク力とか配信に対しての真剣な感じとか努力とか、でも1番は幼馴染感、ですかね。世間でもよく言われてるけど」
「うんうん。良いよね良いよね。実家のような安心感ってやつね」
「はい。馴染みやすいっていうか、ファンのコメントとかにすごく考えて答えてくれるし。だからやっぱり聞いてて安心感があるので……音海さんはどうなんですか?」
「えっ、あたし? あたしはねぇ」
――耳貸して?
音海は机から軽く身を乗り出し、口の横に手を添えた。耳元で小さく囁く。
――糸宮ぼたん本人だよ
☆☆☆
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