幕間
第15話 コラボカフェで遭遇
朝起きたときから、俺の気分は最高だった。
今日がVTuber『糸宮ぼたん』との、コラボカフェ初日だからだ。しかもそのカフェが、家の近くにあるときている。こんな幸運あるかって話。
『糸宮ぼたん』は、1年半ほど前に突如VTuber界に現れた新星で、その類まれなるトーク力とコミュ力の高さ、あと馴染みやすさから人気を集め、今やチャンネル登録者数は100万人を軽く超えている。
かく言う俺も大ファンで、家にはアクスタとか缶バッジとかが何個もある。そんな"推し"のコラボカフェだ。テスト前から楽しみにしていた。
カフェのメニューを見たところ、コラボするのはスイーツ系じゃなくてご飯系みたいだったから、昼ごはんはそこで食べるとして……
どの時間に行っても混むだろうから、もう12時くらいを目がけて行ったらいっか。
一人暮らしなら絶対に避けられない家事――昨日残した洗い物とか、掃除機がけとか、洗濯とか――を終わらせ、気づけば11時30分。予定より早いけど、カフェに着く頃にはそれなりにいい時間になっているだろう。
かばんに多めのお金を入れ、家を出た。
カフェには、やっぱりそこそこ人が来ていた。中も満員。そりゃそうだ。『糸宮ぼたん』の初コラボカフェとあれば、ファンなら1度は来たいはず。
しかも今回は特典が豪華だ。ランチョンマット、ブロマイドとコースター。大抵の店はせめてそのうち2つまでだろうけど、『糸宮ぼたん』のカフェの場合だと、3つ全部もらえる。
順番待ちの列に並んでいると、後ろから声をかけられた。
「あれ? はるっちじゃん!」
その声にすぐ振り返る。
「えっ? 春野くん?」
高い位置のピンクのツインテールに金髪のポニーテール。そして何より、周囲が振り向くほどの可愛さ。
見間違えるはずがない。
「綾瀬さんと、音海さん……?」
「えっ、ちょっと待って。アイナも知り合いなの?」
「う、うん。電話で言ってたお隣さん」
「マジか〜! 電話で言ってたバイトの子!」
「そんな偶然ってあるのね」
「世間って狭いねぇ」
まさか俺も、別々に出会った人たちが知り合いだなんて思いもしなかった。今でも信じられないというか、実感がわかないというか……
「あぁ〜じゃあ」
ふと音海が手のひらを額に当てる。
「そういうことになっちゃうのか……」
「そういうことって?」
「アイナ、どっちが勝っても負けても、恨みっこなしだからね」
「へ? いや、私はそんな……」
「大丈夫だいじょーぶもう分かってるから。とにかく恨みっこなし!」
俺を置き去りにしたまま会話は続き、音海は綾瀬の肩をバンッと叩いた。そこそこいい音がする。
……恨みっこなしってなんだ?
「にしても、偶然だね〜。てかはるっち、糸宮ぼたんのファンなの?」
「ま、まぁ。音海さんと綾瀬さんも?」
「いや、アイナはただの付き添い。ファンなのはあたしだよね」
「そうだったんですね」
音海がファンだったのは意外だ。ギャルだし、陽キャっぽいし、2次元の世界には全く興味ないと思っていた。かといって、綾瀬が興味ありそうかと言われればもっとない気がするけど。この前部屋を掃除したときも、アニメ関係のものとか漫画とか全くなかったし。
「はるっち、入ったら一緒にご飯食べようか」
「え?」
音海が名案! とでも言いたげに呟く。
「いやー、人数多い方が楽しいって言うじゃん。1人より2人。2人より3人ってね。だから一緒にご飯食べよう。キミのぼたんへの愛も聞きたいしね?」
「愛って……」
「確かにこの混みようだし、その方がいいかも」
「でしょ? というわけではるっち。ご飯は一緒に食べようね。約束だよ」
勝手に俺の手を取り、ゆーびきーりげーんまーんと、小さく歌いだす。
「あっ、懐かしいですねその歌」
「ゆーびきった! 懐かしいよねぇ。あっ、それからはるっち!」
「は、はい!」
「今日は今から私への敬語禁止!先輩関係なし!あとはアイナとのお買い物に着いてくるべし!」
「ラ、ラップですか……?」
「えへへ。まぁね。あ、あと、お買い物は完全にノリだから、行きたくなかったら行かないで……って完全に断りづらくも行きにくくもしちゃったね。ごめんね」
「いや、それは別に……」
たしかにどっちもしづらくなった。
女子2人のお買い物とやらに着いていくのも気まずいし、かといって断るのも気まずい。
……まぁ、この後予定はないけど。
いつの間にか列は進んで、次は俺たちが入る番になっていた。
「じゃあ、入っちゃましょうか」
音海はこんなときでもテンションが高い。
だけど、ふと気づいた。
――先輩の声、『糸宮ぼたん』の声に、実はめっちゃ似てない?
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