音海小夏とのバイト

第12話 ギャルをナンパから助ける

 ペンを机に置く。と同時に、チャイムが鳴った。

 

「はい。これで全試験終了です! お疲れ様でした。あとは終礼だけだから、回答用紙の回収終わったら、そのまま席で待っててね」


 試験監督の先生が教室を出ていく。

 今日でテストも最終日。泡羽に教えていた効果が出たのか、いつもより出来がいい気がする。

 泡羽も赤点回避できただろうか。色々際どい勉強会だったし、俺は終始緊張しっぱなしだったけど。

 もう勉強地獄からも開放されたし、しなきゃいけないことは残り1つ。


 微妙に長い終礼も終わり、俺は早々に教室を抜け出した。

 今からバイトの面接があるのだ。俺は長期休みの間だけバイトをすることにしていて、今回も短期バイトでお願いした。

 その面接の予定があるラーメン屋まで、早足で歩く。思ったより終礼が長引いてしまった。


「ちょっとあの、やめてください……!」

「いいじゃん。君、だいぶ遊んでる感じじゃん。ね、ほら行こうよ」

「すみません。さっきから言ってるようにこれからバイトなんで」

「1回くらいサボっても大丈夫でしょ。それより遊ぼうよ」

「嫌です!」


 何やら揉めている様子だ。声のした方を見る。

 人通りの少ない道路の真ん中。そこで、女の子が1人の男に絡まれていた。見るからにチャラチャラした、一言で言うといかにもナンパしてそうな見た目の男だ。

 女の子は、髪を金髪に染め、しっかりメイクもしている。制服のスカートもだいぶ短いし、ギャルっぽい感じ。


「そんなこと言って、けっこう男と遊んでたりするんじゃないの? 時間ないなら30分くらいでも……あっ、MINEの交換とか、Minstagramのアカウントの交換だけでもいいからさ。キミ可愛いし」

「だから嫌ですって!」


 男がギャルの腕を掴む。

 ギャルの顔が、途端に怯えを含んだものになった。

 あれはいけない。腕を振り払うこともできないようで、半分涙目にもなっている。

 そこまで怯えているのに、ギリギリと力強く腕を握っているから悪質だ。

 最悪面接に遅れてもしょうがない。むしろ、こっちの方が大事だ。

 俺は止まっていた足を動かした。俺に何かできるとも思えない……というか、俺だって普通に怖いけど、何もしないよりはマシなはずだ。


「あの」


 男の腕を迷わず掴む。


「この子俺の彼女なんですけど、やめてもらえますか?」

「はぁ!? 彼女!?」

「はい。彼女です。俺と付き合ってるんで、手、離してもらえます?」

「でもさっき遊びに誘ったとき、彼氏いるなんて一言も言ってなかったけど。ていうか君、通りすがりなんじゃないの?」

「バイト前に会う約束してたんです。時間になっても待ち合わせ場所に来ないから、探してたんですよ」


 男は悔しそうな顔をした。俺の手を振り払い、ギャルの腕から手を離す。


「紛らわしいことすんなよ、ブス」


 しばらく俺とギャルの顔を見比べたあと、小さく吐き捨てて去っていく。クズすぎだろ。

 自分からナンパしておいて、振られそうになったら暴言吐くとか。


「あの、ありがとうございました……」


 男が機嫌悪そうに歩いていくのを見ていたら、ギャルが頭を下げた。


「あぁいや、そんな、全然」

「本当に、助かりました。どうなることかと……」

「あ、頭上げて。大丈夫? 怪我なかったですか?」

「はい。おかげさまで。大丈夫でした」


 涙目のまま、ギャルが呟く。

 掴まれた腕をさすっているあたり、怖くて仕方なかっただろうな。だいぶ力も強そうだったから、痛かったかもしれない。


「今からバイトなんでしたっけ? 送りましょうか? ……あっ、やましい気持ちとか本当になくて、ただあの男が近くにいたら怖いなって思っただけで」

「……いいんですか?」

「はい。俺は時間あるから大丈夫です」


 嘘だ。時間なんてない。

 でもあの逆ギレ男にこの子が何かされたらと思うと怖い。


「じゃあ、お願いします」


 またぺこりと頭を下げる。


「いや、いいよ。本当に気にしなくて」

「本当に助かったので……」

「その、バイトってどこでやってるんですか?」

「バイト? ラーメン屋です!」


 これまた偶然だな。俺が今から行こうとしていたのも、ラーメン屋の面接だ。

 

「じゃあ、そこまで送りますね。バイト先知られるの嫌だったら手前でも……」

「大丈夫です。あなたはきっと、いい人なんで。彼氏だなんて言って、助けてくれたんですから」

「あ、あれは咄嗟に出ただけで……」

「でもおかげさまで助かりました」


 ギャルが歩き始めたのに続いて、俺も歩き出す。

 落ち着いてから見れば、めちゃくちゃ可愛い子だ。ぱっちりした目で快活そうだし、金髪のポニーテールもよく似合っている。

 何より、スタイルがえげつない。

 細いはずなのに、細すぎない。引っ込むべきところは引っ込んでいて、出るところは出ている。出すぎなレベルだ。そう、言葉に表したら……ボンキュッボンの最上級。俺自身まだ16年しか生きてないけど、ここまで暴力的なスタイルの女性は初めて見た。


「ほんと、バイト先の近くだったんです。人通り少ないのに、気をつけてなかったから……」

「いや、悪いのはあの男ですよ」

「でももうちょっと気をつけてたら……あっ、ここです」


 不意に彼女が立ち止まった。

 ここ、と指さされた看板を見る。


「ここ、ですか……?」

「はい! ありがとうございました!!」


 もの一度看板を見る。

 そこはたしかに……俺が面接を受けようとしていたラーメン屋だった。

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