第13話 ラーメン屋の面接を受ける

「どうかされました?」

「あぁ、いや、なんでも……」


 とりあえず濁す。

 もし面接の時間を過ぎていると分かったら、この子は申し訳なく思うだろう。ナンパされて傷ついているだろうに、そこにそんな思いをさせるのは嫌というか、なんというか。

 でもどうだ。たぶん面接は不採用になるとして、そしたらこの子にはきっと俺が面接を受けにきた人だって分からないわけだし。そう考えたら時間差で店長に面接の件を謝りに行った方が……いや、無理か。


「ここのラーメン屋、美味しいんですよ」

「あ、はは。そうなんですね」


 どうやってこの場を切り抜けよう。

 けっこうなピンチじゃね? 申し訳ないけどもう諦めるか? 諦めて正直に言った方が良いか?


「あ、小夏こなつちゃん。ちょっと遅かったから心配しちゃった」

「店長!」


 ガラリ、と扉が開き、中から中年くらいの男性が出てくる。優しそうな人だ。


「窓から姿が見えたから。ちょっと妻に用意を任せて出てきたんだよ。何かあったの? 普段から遅刻するタイプじゃないから心配で」

「それがちょっと色々あって……隣にいる人に助けてもらったの。遅れてごめんなさい」

「あっ、そうだったんだね。何があったかは知らないけど君、ありがとう」

「いえいえ。そんな」

「あとは面接の子がくればいいんだけどなぁ。高校生らしいんだけど」


 思わずギクッと肩を揺らす。店長は困ったように会話を続けた。


「もしかしてどたきゃん、とか言うやつなのかなぁ」

「ドタキャンかぁ。高校生、この近くでは私と隣の人以外見てないんだよね」

「うーん早く来てくれればいいんだけど」

「あ、の……」


 覚悟を決めて小さく手を挙げた。

 店長も忙しいだろうし、たぶん俺の能力ではここを上手くまとめることはできないし。

 うだうだ考えてないで、正直に言った方が誠実だしきっと早い。

 

「俺、です……」

「へ!?」

「ん?」

「俺、今日面接受けに来てて……遅れて本当に申し訳ありません」


 頭を下げると、店長とギャルが、2人揃って目を丸くする。

 

「もしかしてあたしのせいで遅れたんじゃ」

「いや、えと、違います。違います、というかなんというか……」

「おじさん、この人、あたしがナンパされてるのから助けてくれたの。10分くらいはあれでロスしたし、たぶんそのせい!」

「え、おじ……?」

「そ、そうなのか! 小夏ちゃんがナンパ……パ、パパに連絡しないと!」

「それはもう大丈夫だから! とにかくこの人遅れたのあたしのせいだから、面接受けたげて!」

「わ、分かった……!」


 カオスな展開についていけない中、すぐ部屋へ、と従業員用の裏口から通される。

 え、てかおじさん? どういうこと?


「じゃ、面接始めるよ」


 備えつけの椅子に座らされ、すぐに面接が始まった。よく考えたら今までのバイトはゴールデンウィークとかの単発バイトだけだし、ちょっと緊張する。

 よく聞かれるような質問に答えていく。事務的に面接は進み、あまり時間がかからず終わった。


「じゃあ、合否は3日後に電話で連絡するね」

「はい。ありがとうございました」


 従業員出口から出ようとすると、手を掴まれた。ギャルだ。もうバイトの制服に着替えている。

 

「ちょっとキミ、名前は? あと何年?」

「え? 春野柊一、です。高一です」

「んーじゃあ、春っち! あたしの名前は音海おとみ小夏。高二だよ。よろしくね」

「は、はい。よろしくお願いします……はるっち?」

「あだ名だよ」

「あだ名……」

「うん! 面接にはたぶん受かると思うからさ。あっ、ここのラーメン屋の店長、あたしのおじさんでね? 面接後の雰囲気も良かったし、だからその、これからよろしくねっていう」

「なるほど」


 だからおじさんだったわけか。

 店長が中年だからおじさんと呼んでるんじゃないかっていうのが俺の説だったけど、ある意味否定されてよかった。

 それに音海さんは俺が面接に受かると言ってくれた。ただでさえ遅れたから受かるとも思えないけど、親戚の彼女が言うんだから、ワンチャンあるのかもしれない。


「それでね。はるっちを呼んだわけなんだけど、これ」


 ぎゅっと手に何かを押し込まれ、握られる。

 そっと開けば、紙が乗っていた。

 ……プールの、チケット?


「プールのチケットなんだけど、友達からもらってさ。2枚余ってたの。よければ誰かと行って。今日のお礼」

「こんなの受け取れませんよ……!」

「いいのいいの。余ってて困ってたくらいなんだしさ。それにはるっち、ラーメン屋の面接じゃなかったらあたしのせいで遅刻して落ちてたでしょ? だから受け取って。あたしも何もしないままじゃ申し訳ないから。ね?」


 そう言われたら俺からはもう何も言えない。


「分かりました。ありがとうございます」

「じゃ、また今度ね」

「はい。また」


 ラーメン屋を出て、家の方に歩き出す。今日はもうさっさと帰るつもりだ。一応明日から2、3日はテスト休みだし、それに明日は楽しいことが待っている。

 バイト、受かるかどうかは分からないけど、明日は散財してもよさそうだ。

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