第6話 女子2人と登校する

 洗濯機事件から2日が経過したが、綾瀬とはあれ以来会っていない。俺はインドア派だから休日は部屋にこもってるし、綾瀬はどこかに出かけてたみたいだし。

 毎週なんとなく習慣にしているサザエさんを見て感傷に浸り、VTuberの配信で徹夜して月曜日の朝を迎えた。いつも通りの朝である。


「おはよう」


 鍵を閉めたところで、隣から声がかかった。綾瀬だ。スクールバッグにはピンクのうさぎのふわさわしたキーホルダーや、白いリボンなどが可愛らしく飾られていた。少しの隙もなく、キラキラした可愛さが朝から眩しい。


「おはよう、綾瀬さん」

「今から学校?」

「あぁ、うん。そりゃまぁ」

「そっかぁ……じゃあ、一瞬だけ待ってもらっていい?」

「えっ、あっ、うん」


 綾瀬はいたずらっぽい笑みで笑った。

 別に朝早く行ってもすることないし。友達もいないし。

 言われた通り立ち尽くしていると、綾瀬が携帯で何かをし、ついてきて、と言われる。

 エレベーターに乗り、玄関ホールへと行く。それから、最寄り駅へ。別に変わったことはない。

 何がしたいんだ……?


「あとちょっとで来るはずなの」

「誰が?」

「友達? かしら。春野くん気づいてないでしょうけど、意外と家近くなのよ。私たちの最寄りから1駅先」

「俺の知ってる人?」

「うん。よく知ってる人」


 よく知ってる人、か……

 全く心当たりがない。だって俺が関わってる人って言えば、親と小学校のときの同級生くらいしか……他に真面目に付き合ってる人って言えば……


「もしかして、泡羽さん?」

「そう! 正解! あの子もまだあんまり親しい友達いないみたいだし、一緒に学校に通える人が欲しいって言ってたの。もし良ければ春野くんと今日だけでも行けないかなって。大丈夫……?」

「うん、俺は大丈夫、だけど」


 できれば1人で行きたかった、というのは言わないでおこう。だってもし女子と2人で登校なんてすれば、多少の注目は浴びるだろう。それがちょっと嫌なのと、そのとき泡羽の立場はどうだ。だって一緒に歩いてる男が『彼氏にしたくない男子ランキング』のチャンピオンなんだぜ?

 もし恥ずかしい思いをしたりしたら申し訳なさすぎる。


 綾瀬はそんな俺の思いとは裏腹に、小さな泡羽の姿を見かけてぶんぶん手を振っていた。

 泡羽が急いで走ってくる。


「風花ちゃん、おはよう!」

「お、おはよう。アイナ。春野くん」

「おはよう」

「アイナ、朝からびっくりした」

「ごめんね突然」

「別にいいけど……」


 泡羽は拗ねたような感じだ。これはやっちゃったかも。やっぱり俺と一緒に行くとか嫌だよな、普通に考えて。

 けど、待ち合わせてしまったものはしょうがない。逆に俺が今から離れたとしても、気まずい雰囲気になるかもしれないし。

 

 3人で並んで歩き出す。

 綾瀬がよく話し、それに泡羽が相槌を打つ。俺もところどころ相槌を打ちながら、でもだいたいは聞いてる。

 綾瀬の話は近くにできたパフェの店とか、好きなアイドルの話とか、流行に乗ったいかにも女子高生らしいものだ。


 いつもはスマホで暇つぶししているけど、綾瀬の話を聞いていると、すぐ駅についた。


「じゃあね! また明日!」


 手を振り、別方向に向かっていこうとする綾瀬。

 俺も手を振り返そうとした瞬間、泡羽が綾瀬の手首をつかみ、耳元に口を寄せた。

 何を言っているのかは分からなかったけど、綾瀬は少し目を見開いた。一瞬遅れて首を振り、歩き出す。


「ごめん、なんでもないの」

「そっ、そか」


 泡羽は戻ってきてから呟いた。

 綾瀬と泡羽は友達らしいし、男子の俺には分からないこともあるだろう。そのまま何も言わず、2人で教室まで歩く。2人ともあまり喋らないタイプだからか、会話は続かない。

 けど、それが心地いいんだよな。波長が合うのか、話さなくても気まずさは全くないし。静かなのも性に合うし。

 幸い、学校に着いてからも冷やかされることはなかった。注目もされてない。良かった。ちょっとだけでもマシだ。


 教室に入る直前、制服の袖を引かれる。

 振り返ると、泡羽はうつむいていた。

 何かやらかしたっけ。いや、朝からやらかしまくりじゃんか。そもそも俺と一緒に行くことになったのが間違いだったんだ。同じ部活なのはまだ良くても、一緒に登校はやっぱり……


「あの……!」

「ん?」

「あの、放課後、生物準備室で……期末テストの勉強、教えてほしいの。春野くん、賢くて、すごいから……も、もちろん、ただでとは言わない……」


 意外な内容に安堵して、思わずため息をつくと、泡羽がビクッと震えた。


「あっ、ごめん。いや、安心してさ。一緒に行くの嫌だったとか言われると思ったから。それに何もいらないよ」


 泡羽は顔を上げた。

 ふるふると瞳が揺れていて、なんとなくドキッとする。


「良かった……! じゃ、じゃあよろしくお願いします……!」


 満面の笑みで頭を下げてから、教室へとかけていく。泡羽と出会ってから、初めてこんな生き生きした姿を見た。


「よっぽど勉強、分からないのか……?」


 首を捻っても、答えは分からなかった。

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