第5話 柊一が帰ったあと(アイナside)

 綾瀬アイナは、元アイドルである。

 残念ながら所属していたグループ『ラブアート』は解散してしまったが、それでもなお夢を追い続けている。


 また、綾瀬アイナは超が付くほどの努力家でもある。

 アイドルになるためのスキンケア、ストレッチ、筋トレ、マッサージ、歌のレッスン……などなど、ひとつもサボったことはない。

 だから今も、体型管理のために、ミネラルウォーターを持ち込んで30分も湯船に浸かっている。


「春野柊一くん、かぁ……」


 今アイナの頭にあるのは、さっき帰ったばかりの少年――春野柊一だ。

 洗濯機の水が流れないときはどうなることかと思ったが、彼のおかげで助かった。

 引っ越してから1週間ほどは母の手助けしてもらって生活していたので、実質今日が完全な一人暮らし生活1日目だったのである。

 ちなみにアイナの母親も、まさか娘が水栓の存在を知らないなんて思わなかったようだ。


「ご飯美味しかったなぁ。一緒に食べるの楽しかったし。それに……」


 アイナは、短いながらも芸能界にしっかり身を置いていた。

 そのため、人の本質を見抜く力が備わっている。出会ってから数分会話すれば、その人の本当の性格が分かるのだ。

 だからすぐに分かった。

 地味で自信なさげな柊一だったが、おそらく彼は性格が良く、気が利くし、ひたむきだろうし、器用なのだろうということが。

 自分に得がなくても、世話を焼かずにはいられないような人なのだろう、ということも。


「優しい人だったし、だろうなぁ」


 彼は髪もモサモサで、メガネも似合っていなかった。

 けれど、その下の顔はどうだろうか?

 しっかり垢抜ければ、きっと今まで見てきた俳優やアイドルたちもだろう。

 鼻筋は通っていたし、目だって綺麗な二重だったように見えた。


 アイナは人を顔で判断するのが嫌いである。

 自分が元々、ものすごく可愛いわけではなかったからだ。アイナの可愛さは、その努力にある。もちろん、今が並々ならぬ美少女なのは、元からそこそこ可愛いからなのだが。

 

 けれど、そういうのを抜きにしても彼はかっこいいように思えた。


「まぁ、あの感じだと風花ちゃんがすきなのは春野くんだろうなぁ……」


 今日、生物部に行ってはっきりと分かった。最近メールの文面などで気づいていたが、風花は恋をしている。そして、その相手はきっと柊一だ。

 

 アイナと風花の出会いは、『ラブアート』でだった。アイナは風花のことを、共に戦った相手として尊敬し、また大事にしたいと思っていた。

 そもそも風花の学校に寄ったのも、その恋の相手が誰かを確認するためだったのだ。相手が風花にふさわしい人間かどうか、見定めようと思っていたのだ。


「柊一くん、きっと良い人なんだろうし、私から言えることは何もないわね。あ、今度お礼しなきゃ……ていうか、さっきから熱いな」


 考えているうちに熱くなってきて、風呂から上がる。体を洗い、浴室の外に出る。

 おかしい。いつもならもう少し、長く入れているのに。


 顔を上げ、アイナは、自分が写った洗面台の鏡を見てドキッとした。

 思っていたより、顔が真っ赤だったから。


「……あー、入りすぎたわね。やっちゃった」


 思わず、顔を鏡から背けた。

 それからいつものように、化粧水でしっかりと保湿する。

 そう、いつものように。

 

 

 ――いつもとは違って、自分の中でいつの間にか積もっていた恋心に、知らないふりをしながら。

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