第4話 一緒にご飯

 作ろうか、とは言ったものの、俺だって大した料理ができるわけじゃない。ただ一人暮らしをする上で、それなりに健康的なものは作れる。

 冷蔵庫の中身を漁ると……うん、材料はありそうだ。冷蔵庫の中を見るとその人の家柄がわかる、みたいな話を聞いたことがあるけど、綾瀬の冷蔵庫は、とにかく生活力がなさそうだった。

 中に入っているものの値段はめちゃめちゃ。かつ、謎に調味料がたくさんある。でも全部新品だ。パッケージを開けた痕跡すらない。


「……マジか」


 綾瀬、思ったよりポンコツだな。だんだん分かってきたぞ。

 中から野菜炒め用にカットされた野菜のパック、それから豚バラ肉を取り出し、熱したフライパンに投入。醤油とかの調味料をかければ、野菜炒めはすぐに完成する。


「あとご飯炊いて、味噌汁と……冷奴とかでいい、のか……?」


 あんな美少女、普段なに食べてるんだろうか。てか、女子って草食ってるイメージしかない。

 まぁでも、すぐに食べられたらそれでいいか。綾瀬、お腹空いてるみたいだし。


 自分に言い聞かせて、料理の続きに取り掛かる。

 ちなみに今綾瀬は、部屋の片付けをしている。俺が一緒に食べさせてもらえることになったあとに頼んだ。だって、座るスペースさえなさそうだったのだ。

 綾瀬の部屋は不衛生そう、という印象はないものの、散らかっていることに変わりはない。ティーン雑誌みたいなのが廊下に積まれてるし、トイレットペーパーは新品のまま玄関に放置だし、上着とかもベッドにかかっている。


 野菜炒めを作り、味噌汁を作ったくらいでちょうどご飯が炊けた。2人分を盛り付け、残りはタッパーに入れる。ほんの少し多めに作っておけば、明日のお弁当にでも入れられるだろう。

 一応、台所にあるものは全部自由に使っていいって言われてるし、怒られないよな、たぶん。


「綾瀬さーん、ご飯できたよー!」

「はーい」


 作ったものを食卓に並べると、綾瀬は秒で走ってきた。


「野菜炒め?」

「うん」

「うわー、美味しそう……! 凄いのね、こんなに作れて。しかもすっっごく美味しそう……!」

「いや、ただの野菜炒めだし」


 綾瀬が感嘆したような声を上げる。

 俺だって一人暮らしを初めて4ヶ月近くになる。

 それに実家では家事をすることも多かった。

 だからこれくらい作れるのは俺にとっては普通なんだけど……やっぱり嬉しいな、喜んでもらえると。


「ね? 食べてもいい? 食べてもいいの?」

「あぁ、うん」

「じゃ、じゃあいただきます……!」

「いただきます」


 綾瀬は料理の前に座って、ちゃんと手を合わせてから、箸を手に取った。

 その様子を見て俺も手を合わせる。1人だと、テーブルで食べるのもめんどくさくて、台所で食べるときとかあるし。だからこうやってちゃんと食べたの、久しぶりかも。

 野菜炒めをちょっと緊張しながら口に含むと、普通に美味しかった。良かった。成功してる。

 たぶんものすごく美味しいってわけじゃないけど、決して不味くない。

 綾瀬も俺に続いて野菜炒めに箸を伸ばした。どうやら料理を作った俺が食べるまで待っていてくれたらしい。


「……すっごく美味しいわ!」

「そ、そう? ありがとう」


 ごくん、と飲み込んでから綾瀬は言った。

 一瞬お世辞かと思ったけど、目が輝いてるからきっと違う。頬を少し上気させて、嬉しそうに微笑んで、また野菜炒めに箸を伸ばしている。

 その顔が本当に幸せそうで、ドキリとしてしまった。

 

「こんな美味しいの、久々に食べた」

「そう、なのか……?」

「うん。最近、買ったお弁当ばかりだったから」


 たしかに、冷蔵庫に料理した痕跡はなかったしなぁ。

 いつ隣に引っ越してきたのかは分からないけど、部屋にダンボールはないし、もうしばらく住んでいるんだろう。


「ごめんなさい。これは失礼な言い方になるけど、春野くんってお母さんみたいな感じね」

「お母さん……? あぁ、年の離れた妹がいるからかなぁ」


 自分で言うのもなんだけど、面倒見がいい自信はけっこうある。実家には、6歳離れた妹がいてずっと俺が面倒を見ていた。


「そうなんだ。でも本当にご飯美味しいし、家事も上手いし、しっかりしてるし、なんとなく大人っぽいし……」

「あっ、ありがとう……」


 急に褒められてびっくりする……てか、会ってまだ2時間くらいしか経ってないし、ちょっとくらい嫌がられてるかもしれないとさえ思ってた。異性だし。


「そういえば、綾瀬さんって、なんで一人暮らししようと思ったの?」

「そうね。春野くんの高校にも近いんだけど、流泉りゅうせん高校ってあるでしょ? そこの芸能科コースに受かって、でもそこ、家から遠かったから。近くのこっちに引っ越してきたの」

「芸能科コースかぁ。すごいなぁ」


 綾瀬を初めて見たとき、アイドルみたいだと思った。華があって、可愛くて、キラキラしている。

 そっか、アイドル目指してたのか。なんかこう、納得というか、なんというか……


「私元々ね、アイドルやってたの」

「へ?」

「けどグループが解散しちゃって。もう1回勉強し直して、またステージに立ちたくて。アイドル、子どもの頃からの夢で……それにすっごく楽しいの! まぁ、そうやって意気込んで来たのは良いものの、もう全然ダメダメなのよね」


 苦笑するように笑う。

 こういうとき、どういう風に声をかけたらいいか分からない。俺は気が利くタイプじゃないし、アイドルをまた目指すことの大変さも完全には分からない。


「……俺は、応援してるよ」


 だから、俺にはこう言うしかない。


「また困ったことあったら声かけてよ。まだ出会ってすぐだけど、綾瀬さん頑張ってるのとか、本気でアイドルなりたいんだろうなっていうのとか、伝わってくるし。俺はずっと、応援してるから」


 まだ出会ったばかりで、綾瀬のことも全然知らない。だけど、なんとなく良い子なんだろうなというのは伝わってくる。

 だからそれだけ言うと、綾瀬は初めて、少し不器用な顔で笑った。

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