第3話 意外とポンコツ……?

「……まさか、隣だとは思わなかったな」


 家に入って速攻、俺はベッドに倒れ込んだ。

 汚いとか言ってられない。

 今日はなんか疲れた……そう、なんか疲れたから特別にいいや。


 綾瀬アイナとちょっと気まずいながらもマンションに着いたところまでは良かった。けどさ、けど普通、まさか隣の部屋だとは思わないだろ。

 

「なんかめっちゃ信じられないって顔されたし」


 そりゃそうだろうな。知り合ってすぐの人間とお隣さんとか偶然にも程がある。


「……まぁ、あんな美少女だし、これから関わりはないか」


 帰りに話したのだってそうだ。

 俺はただでさえ冴えない。それにプラスして、『彼氏にしたくない男子ランキング1位』らしい。だから、あんな子と関わることなんてもうないだろう。

 綾瀬の頭にはきっと今、へのへのもへじくらいの残像しか残ってないはずだ。つまり、"目立たないまま"でいられる。

 人生とはどれだけ普通でいられるか、どれだけ目立たないか、の戦いなのだ。記憶の片隅にすら残らないくらいの人間に、俺はなりたい。今のところだけど。


 ――ピンポーン


 うだうだ考えていたら、チャイムが鳴った。あれ、俺宅急便とか頼んでたっけ? 記憶にないんだけど……


 インターホンを覗くと、そこにいたのは綾瀬アイナだった。なんで?

 あまりに予想外すぎて声が出ない。だって今頃、へのへのもへじくらいの印象しか残ってないはずなのに。


「はーい。なんです、か……?」

「あ、あの……」

「えっと、なに?」

「あの、うちの洗濯機が壊れて、だからその……えっと、洗濯機の水が出ないの!」

「……へ?」

「あの、それで、その……」


 何やら言いにくそうにモジモジしている。

 帰ってすぐ洗濯しようと思ったのだろうか。セーラー服から部屋着には着替えていた。上は薄ピンクのパーカー。下は同じ色のショートパンツ。剥き出しの太ももが目に毒だ。

 その格好のまま躊躇している綾瀬の言いたいことはなんとなく分かった。


「つまり、洗濯機の様子を見てくれ、と?」

「そ、そうなの。見てほしいの。私、家事とか初めてだから……」


 家事とか初めてなのに一人暮らししようと思ったのか、という衝撃はさておいて。

 俺の信条は、目立たないことだ。しばらくの間人と関わらず、空気のような存在として生活したい。

 ――だけど別に、困っている人を見捨てるほど腐った人間でもない。


「分かった……でもいいの? 部屋に上がって」

「わ、私がいいって言ってるんだから、いいんじゃないかしら」






 綾瀬の部屋の中は、案外汚かった。

 別にゴミが散乱してるとかじゃない。そういうわけじゃないけど、なんだかこう、ものが散らばっている。一目見てすぐに、回ってないなと分かるような部屋だった。

  部屋の間取りは、さすがに俺と同じ。一人暮らし向けのマンションで、1K。


 洗濯機のある場所に向かうと、色々試行錯誤したあとがあった。洗濯物だって洗濯機から半分出てるし、説明書みたいなものも置いてある。


「それで、水が出ないんだっけ……」

「そうなの。買ったばかりなのに、壊れたのかしら」

「いや、たぶん」


 とりあえず洗濯物を中に入れる。パッと見下着とかはなかったし、大丈夫だろう。というか、綾瀬に任せるのは少し不安がある。

 水栓をひねり、洗濯のスタートボタンを押すと、洗濯機はまともに動き出した。


「えっ、どうやったの?」

「どうやったのって、ただ水栓ひねっただけだけど……」

「水栓……ってなに?」

「えっ、知らないの?」

「だって初めてだから」


 マジかよ、と頭を抑えたい気持ちをどうにかこらえる。

 えっ、でもマジでか。水栓知らないのか。

 どうしてそれで一人暮らしをしようと思ったんだ……


「まず洗濯機の電源入れて、この水栓をひねって、普通の洗濯コース押したら洗濯ができるんだ」

「このすすぎ? とかは……?」

「それは押すな。必要なときだけでいい。ていうかあんまり必要なときないから、もうないものだと思ったほうがいい」

「そうなのね」


 綾瀬はふむふむと納得したように頷いた。


「ありがとう。あなたのおかげで本当に助かった」

「いや、それはほんと全然。隣同士なんだし、必要なときにいつでも頼って」


 話しながらふと気づく。

 ……あれ? 俺今なんて言った?

 って。

 これからよろしくお願いしますって言うのと同じじゃんか。

 ただのへのへのもへじになる予定だったのに。


「そっか。隣同士なんだものね。これからよろしくね」

「あっ、うん……」


 予想外の言葉を言ってしまったことに、自分でも戸惑う。

 でも綾瀬もだいぶ困ってそうだし、学校違うし。

 俺も困ったときに助けてもらえる心強い一人暮らし仲間ができたと思えば、win-winだ。


「よろしく」


 綾瀬が微笑んだ瞬間だった。

 ぐぅぅぅぅぅっと大きな音が鳴った。たぶん今のは俺のじゃない。ってことは……

 目の前には耳まで真っ赤な綾瀬。


「ご、ごめんなさい。お腹が空いてたのよ」

「ちなみに料理は?」

「したことない、デス」

「作ろうか?」

「オネガイ、シマス」


 ……なんだろう。

 心強い一人暮らし仲間、というより、ポンコツなができた気がする。

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