綾瀬アイナとの出会い
第2話 ツインテールの美少女
あれから昼休みは何事もなく終わった。
女子たちは例のランキングの2位とか3位の話題で盛り上がって、俺の存在は完全に無視。1回くらい気遣いが欲しかった。
「あと癒しが欲しい……」
高校にもなれば授業も退屈だし、今日はほんとついてない。校門へと向かう生徒に逆らって廊下を歩きながら、またため息をつく。
でも、今からが楽しみな時間なのだ。
俺の入っている部活――生物部の扉を開ける。
生物部で飼っているカメのカメ太郎。そいつとの触れ合いの時間が、心安らぐひとときで、俺の高校生活で唯一幸せな時間でもある。
「あっ、春野くん。こんにちは」
「こんにちは」
椅子に座って手を振るのは、もう1人の生物部員――
そして彼女と机を挟んで向かいにいるのは……誰だ?
「初めまして」
「あっ、……初めまして」
桃色のツインテール。腰くらいまで長さがありそう。そして髪色と同じ、大きな桃色の目。
絶対に普通の人なら似合わないような髪型も様になっている。つまり、とんでもない美少女だ。
けっこう気が強そうだけど、"美人"というより"可愛い"系だ。アイドルみたい。
よく見れば制服も違う。
うちのはブレザーだけど、美少女が着ているのは真っ白なセーラー服。セーラー特有のあの大きなネクタイじゃなくて、黒い紐のリボンが結ばれていた。
「春野くん。こちら、私の友達。
「なるほどね。よろしく、春野くん」
「よ、よろしくお願いします」
美少女――綾瀬アイナは急に立って近づいてきた。そのまま俺の前に手を出す。
「えっ……?」
「握手。ほら」
「あっ、うん」
握手なんてする習慣ないから分からなかった。
差し出された手は真っ白で、可愛らしいピンクのネイルが施された爪の先まで綺麗だ。
緊張しつつ握ると、美少女は満足気に笑った。
「あっ、そうだ、俺。カメ太郎のエサやりに来たんだよ」
「そっか。今日、春野くんが当番か」
「そうそう」
部室である生物準備室のど真ん中に大きく置かれている机の横を通り、水槽の前に来る。
水槽は、生物準備室に元々あったのを、学校側が貸し出してくれた。カメ太郎の世話が生物部の唯一の活動だからっていうのもあるかもしれない。何しろ、幽霊部員ばかりでまともに活動してるのは俺と泡羽の2人しかいないのだ。
カメのエサを手に取ると、カメ太郎はすぐ水面に寄ってきた。たぶん、俺の顔を覚えてるんだと思う。
手渡しでエサを渡すと、カメ太郎はかぶりついた。可愛い。これが本当に癒しなのだ。
掃除はちょっと大変だけど、その分懐いてくれるし。
ハグハグと頬張る様子を眺めていると、不意に泡羽が話し出した。
「それで、学校の近くに引っ越すんだ」
「そうなの。だから風花とも家が近くなるじゃない? 挨拶に来ようと思って」
「どうやって入ったの……? 学校の中に」
「学生服だし、守衛さんに言ったら入れたわよ? 普通に」
「そ、そう……」
話の感じからするに、気の弱そうな泡羽と違って、綾瀬はだいぶ強気なタイプなんだろう。
どこまでも正反対だし、ほんとどうやって出会ったんだ? この2人。
カメ太郎がエサを食べ終わったのを確認して、俺は水槽の前から離れた。泡羽と美少女も久しぶりに会ったみたいだし、邪魔するのも悪い。さっさと帰ろう。
「じゃ、俺帰るね」
「うん。またね」
「また」
声をかけ、手を振る泡羽に振り返す。
部室を出て、急に思い出した。明日提出の宿題のノートを教室に忘れた。
取りに戻ると、教室にはもう誰もいなかった。当たり前か。今頃みんな部活か家に帰って勉強でもしてるはずだ。
目当てのノートを机から取り出す。思い出して良かった。ほっとして昇降口まで行くと、例の美少女がいた。靴を履いている。ちょうど帰るところだったらしい。
「あっ、どうも」
「……あぁ」
ペコり、と頭を下げ、俺たちは別れた……はずだった。
おかしい。
さっきから、なぜか隣に美少女がいる。
家、そんなに近所なのか? でもそんなことある?
電車に乗るまでは良かった。問題はその先だ。
まず、降りた駅が一緒だった。
そこら辺で少し疑いの目を向けられた。
でもまぁ、最寄り駅が同じ、というのもありえない話じゃない。
けど、そこからの道順も、曲がり角とか、細かいところまで全部一緒なのだ。ていうか、今もまだ美少女が隣を歩いている。
なにか言おうかと思ったところで、美少女が立ち止まった。俺も何となく立ち止まる。
美少女はキッと俺を睨みつけている。やっぱり顔が整った人の怒りの表情は、だいぶ怖い。
「なんでつけてくるのよ!」
「いや、家がこっちで……」
「ほんと? ほんとじゃなかったら分かってるでしょうね!」
「ほ、ほんとだって。家、あそこに見えるマンションだし」
「マンション……?」
美少女は俺の指した方を見て、目を丸くした。
「私と同じところじゃない……」
「えっ、そうなのか? だから道が一緒だったんだな」
「そ、それならいいわ。……でも、疑ってごめんなさい……一度ストーカーされたことがあって、ちょっと敏感になってたの……」
「いや、別に怒ってないし……そう思うのが普通だし……」
意外と素直らしい。
しゅんとしおれた顔に、こっちが申し訳なくなる。
「じゃあ、マンションまで一緒に帰ろうか」
声をかけると、美少女は少し嬉しそうな顔をした。そんな顔をされると、こっちまで嬉しくなる。
「…ッうん!」
――けど、このときの俺はまだ知らない。
美少女が空き家だった隣に引っ越してきていたことを。
完璧そうな美少女が、家事スキル皆無、生活能力ゼロのポンコツであったことを。
そんな美少女――綾瀬アイナに、これから巻き込まれるようになることを。
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