第47話

「カイン君、アメリアを見なかったかね」


 夕暮れ時、何食わぬ顔で王立研究所の廊下を歩いていたカインは、そこでばったり出くわしたデールに、開口一番そう問われ「いいえ」と首を傾げてみせる。


「今日は、一度も会っていませんが。なにかあったのですか?」

「ふむ……今朝、会う約束をしていたのじゃが、来ないままこんな時間になってしまってのう」

「デール様とのお約束を忘れるなんて……見かけたら、僕からも声を掛けておきましょう」

「そうしてくれると助かるよ……」


 カインは、いつも通りの笑みを浮かべ「それでは」と、踵を返そうとしたのだが。


「攫われたのかもしれない」

「え……」

 デールの呟きに驚きカインは足を止める。


「いくら約束の時間に現れなかったからといって、それはあまりにも飛躍し過ぎているのでは?」


「いいや、そうとも言えぬ。寮にもおらず、彼女の恋人であるレオン君すら、居場所が分からないと言うのだ」


「だからといって、攫われたなんて大袈裟ですよ。彼女も子供じゃないんだ」


「しかし、まだ聖女見習いだったエリカ君を誑かした悪魔の行方は、分からぬままだしのう」


「真実は、闇の中……ですね」


「いいや、そうとも言えぬようじゃ。エリカ君が徐々に言葉を話せるようになってきたと、先程聞いたからのう」

「…………」

「真実が明るみに出るのも、時間の問題かもしれぬ」

「そうなると、よいですね」


 すっと笑顔を張り付けたカインは、今度こそデールに一礼して、その場を足早に立ち去って行った。




「さあ、罠は張った。獲物が掛かった時は……レオン君、頼んだよ」

 デールは、カインのいなくなった方を見つめ、そう呟いたのだった。



◇◇◇



「悪いな、セオドア。せっかくの休日に付き合わせたりして」

「いいよ、どうせ予定もなかったし。それに、アメリアさんの一大事かもしれないんでしょ」

「ああ……」


 デールの執務室に呼ばれ話をした後、レオンは急いでエリカが投獄されている牢の、出入り口を監視できる茂みに身を潜めていた。


 デールの話によれば、アメリアは今日、自分を誑かそうとした悪魔の疑いがある人物を伝えるため、朝から王立研究所に来る予定だったらしい。


 そして、その人物が誰なのか伝える前に姿を消した。


 ならば犯人は、その悪魔である可能性が大いにあるのだ。そして、その悪魔がエリカをおかしくさせた者と、同一人物である可能性も一連の事件を考えれば高い。


『なんの証拠もなければ、さすがに聖騎士たちは動いてくれぬじゃろう……だから、レオン君。協力してくれないか』


 デールにそう頼まれ、レオンは迷わず頷いた。アメリアを助けるためなら当然だ。


「デール様は、とある疑惑の人物に鎌をかけると言っていた。そいつが犯人なら、慌ててエリカを始末しにやってくるだろうって……」

「その犯人が本当に現れたら黒ってことだね」

「ああ……証拠がなくても、不法侵入罪で取りあえず拘束できる」


 だが、悔しいことに、利き手の使えない自分一人では心もとない。そんな不安から、親友であり、同じ騎士見習いであるセオドアに協力を頼んだ。


 あとは、犯人が罠に掛かるのを待つだけ……。






 そして、茂みに潜み始めしばらくたった頃、夕暮れ時に事態は動いた。


(誰か来た……あれはっ)


 現れたのはカインだった。普段、騎士院になんて顔を出すことはない人物だ。


「な、なんだ貴様っ! ぐあぁっ!?」


 牢がある建物の入り口にいた見張りの顔を掴むと、カインは精気を吸い取り、その見張りを瞬殺した。

 予想外の大胆な犯行に二人は息を飲む。


「紛れもない、アイツが悪魔だっ。セオドア、すぐに応援を呼んできてくれ」

「分かった」

 駿足のセオドアは、頷くとすぐさま駆け出す。


 見張りをミイラ化させたカインは、不敵な笑みを浮かべ、エリカが投獄されている建物の中へ侵入しようとしたが。


「待て」

 レオンに声を掛けられ、ピタリと動きを止める。


「…………おや、レオン君ですか。お久しぶりです」

「不法侵入及び、殺人の罪でオマエを拘束する」

「クッ…………クククククッ」

 カインは、壊れたように肩を震わせ不気味に笑い出す。


「聞きたいことがある」

 レオンは、警戒しながらも、アメリアのことを問い詰めようとした。

 けれどその名を口にする前に、カイン自ら話し始めた。


「ああ……アメリア君のことだろう?」

「っ!」

「今、ここで僕を捕まえたら、彼女の居場所は教えてあげないよ」

「なっ……やっぱりオマエがっ。アメリアをどこに連れていった!」


「ハハハハハ、彼女はねえ、新月の夜の生け贄になる予定さ。赤い瞳を捧げれば、僕に今よりすごい力を与えてくれると言うんだ。僕の中にいるもう一人の僕が、ハハハハハ!!」


 目付きがおかしい。カインは、救いようのないぐらい悪魔に心身を侵食されているようだ。


「もう、言葉なんて通じないかもしれないが、落ち着け。オマエは、正気じゃなくなってる。そんなことしてもっ」

「うるさい、僕に指図するな!!」

「グッ!?」


 突然首を絞められたレオンは、このままそこに転がっている見張りのように、精気を吸い取られるかと思ったのだが……。


「レオン!!」

 味方を引き連れてきたセオドアの姿を見て、カインは舌打ちをした。


「いいかい。生きたアメリア君と会いたいなら……一人で、今から僕が言う場所においで」


 仲間を引き連れてきたなら、その瞬間にアメリアを殺す。そう耳元で脅すと、カインはとある場所を告げ、素早く身を翻し姿をくらませたのだった。


「ゲホッ……クソッ」

 絞められていた首を擦りながら、レオンは眉をしかめる。

 右手が使えないとはいえ、手も足も出なかった自分が不甲斐ない。


「レオン、大丈夫? あいつは?」

「逃げられた……」


 カインはアメリアを新月の夜の生け贄にすると言っていた。

 ならば夜までアメリアが生かされている可能性は高い。


 だが、一人で助けに行っても、今の自分に彼女を救えるかと言えば、厳しいだろう。


「レオン、どうしたの?」

「いや……」


 死にに行くようなものだ。そう思いながらも、アメリアを見殺しになんて出来ない。


 レオンの中には、彼女を助けに行く選択肢しかなかった。

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