第48話
「ぅ……んっ」
目を覚ましたアメリアは、手足をロープで拘束され、見知らぬ森の中にある廃墟の石台に寝かされていた。
まるで生け贄のように。
(ここは……?)
どれぐらい意識を失っていたのだろう。
抜け落ちた天井から空を見上げるに、もうすっかり日は暮れてしまっているようだ。
「お目覚めですか?」
「……カインさん」
と呼んでも良いのだろうか。
彼の目は、妖しく光り続けている。赤く……そう、人ではなく、悪魔のように。
「やっぱり……ここ一連の通り魔事件の犯人は、あなただったんですね」
彼は否定も肯定もせず、不気味な笑みを口元に浮かべるだけだった。
「エリカさんをおかしくさせたのも……」
「クックック……そう、全部、僕、カインの仕業だとも」
「なんで、こんなことを……」
「知っているかい? 君のその赤い目はね、とてもとても価値があるのさ」
(やっぱり、この人は……)
限られた者しか知らないはずの『賢者の瞳』のことを知っている。それは悪魔に知恵を与えられた証拠だ。
「わたしをどうするつもりですか?」
「おや、怖がってはくれないのかい? もっと怯えて、泣き叫んでくれるかと思ったのに」
「……あなたはもう、人間じゃない。悪魔に堕ちてしまったんですね」
人の恐怖や不安を煽って糧にする。それは悪魔のやり口だ。
もう、カインは悪魔と完全に同化してしまっているのだろうか。
「いや、もう少しなのだよ。もう少しで、我は身も心も完全体になれる。あと少し、人間の精気があればね」
「っ!」
指先で頬から首筋にかけてをなぞられ、アメリアは肌を粟立て体を捩る。
「わたしを襲って、完全な悪魔になるつもりですか?」
「そうしたいところだが、それじゃあ君の瞳も枯れてしまうかもしれない。それでは困ると、僕の中にいるもう一人の僕が言うんだ……だから、違う餌を呼んでおいたのさ」
アメリアは、胸がざわつき嫌な予感がした。
どうか、来ないでと心の中で祈る。けれど。
「アメリア!!」
アメリアの祈り空しく、息を切らせて駆けつけてきたのは……レオンだった。
「レオン、どうして……」
「ククッ、ちゃんと一人で来たようだね」
「当然だろ。一人で来ないと、アメリアの命はないと言ったのはオマエだ」
「レオン、お願い逃げて!」
いつものレオンだったなら、カインと対峙できたかもしれない。
けれど、今のレオンは利き手が使えない状態なのだ。
それで悪魔に憑かれた者と戦うなんて、無謀過ぎる。
「オマエを見捨てて逃げられるわけないだろ」
左手で剣を持ち、カインへ宣戦布告するようにレオンが構えた。
その目には、少しの諦めの感情もない。
「勝ち目がないと分かっていても、立ち向かおうとするとは、愚かなことだ」
嘲笑うカインに向かってレオンが剣を振るう。
「なっ!?」
その俊敏な動きを避けきれなかったカインの頬に、一筋の傷が出来た。
「小癪な!!」
魔術により闇色の鞭を出現させたカインは、それでレオンの足を絡めとろうと狙ったようだが、レオンはそれを難なくかわし、もう一撃、今度はカインの右腕を斬りつける。
「グッ……」
血が滲む腕を押さえカインが顔を顰めた。
(すごい……)
利き腕が使えないとは思えない動きをみせるレオンに、アメリアは目を奪われたが。
「……こちらには人質がいることを忘れたのかな?」
「っ!」
このままでは分が悪いと察したカインが、アメリアの方を向く。
咄嗟に身をよじろうとしたが、手足を縛られているせいで上手く動けない。そんなアメリアへ容赦なく鞭を放ったカインは、それをアメリアの体に巻きつけてきた。
そして、レオンに見せつけるように、きつく体を締め上げる。
(くっ……苦しい……)
「レオン君、大人しく言うことを聞かないなら、君の目の前で彼女がどうなっても知らないよ?」
「コノヤロウッ!」
(どうしよう、このままじゃ、わたしレオンの足手纏いになっちゃう……)
「僕の言うことを聞くと誓うんだ」
「っ……」
カインは、楽しそうに笑いながら、より一層アメリアの体を締め上げる。
痛みから悲鳴を上げそうになったアメリアは、だが、ここで自分が音を上げたら、レオンが身動きを取れなくなってしまうと思った。
だから、歯を食いしばり耐える。
「わ、わたしは、大丈夫! こんなの全然痛くない! だから、言いなりになっちゃだめ!!」
「アメリア……」
「ハハッ、強がりはよくないな、アメリア君。苦しいから助けてと、レオン君にお願いしなさい」
「っ……このぐらい、全然、平気! だから、レオン! 早くこの人をやっつけて!!」
「……分かった!」
拘束されたアメリアを見て、剣を下ろしかけていたレオンが、もう一度剣を構えたのを見て、カインは舌打ちをした。
「僕に刃向かう奴は許さない!!」
「っ……」
「アメリア!!」
アメリアは、なんとか声を上げないよう堪えたが、変形された鞭から無数の棘を出したカインは、その鞭で更にアメリアの体を締め上げてくる。
ポタポタとアメリアの血が床に赤いシミを作り、それを見た瞬間、レオンは剣を下ろした。
「レオン!」
もうアメリアが、どんなに我慢し平気だと言っても、棘が体に食い込み血を流す姿を見せつけられ、レオンの方が耐えきれないという表情を浮かべている。
「……分かった。その鞭からアメリアを解放するなら、オマエの話を聞く」
「いいだろう。だが、まずは君が剣を捨てるんだ!」
アメリアは「そんなのダメ」と訴えたが、レオンは言われた通り剣を捨て、左手を上げてみせた。
「ククッ、そのまま動くな!」
「レオン!!」
鞭の拘束からアメリアが解放された瞬間、その鞭はレオンに巻きつく。
「ぐぁっ」
それだけじゃない。ジワジワといたぶるように、鞭からレオンの精気が吸い上げているのが分かる。
(このままじゃ、レオンがっ)
そう思うのに。手足をロープで拘束されたままでは、何をすることもできない。
「ああ……さすが、将来有望と噂されていた聖騎士見習い。君一人で何人分もの糧になる!」
「くっ……オマエには……アメリア誘拐の他、ここ一連の通り魔事件に関する容疑が掛けられている。ここでオレを殺しても、捕まるのは時間の問題だ」
だから観念しろと言われても、カインは壊れたように笑い続ける。
「フハハハハハハッ、知っているさ、僕に逃げ場がないことぐらい!!」
もう賢者になる道は途絶えた。
錬金術師でもいられない。
それならば、悪魔に魂を売ってでも、全てを滅茶苦茶にしてやりたくなったのだと、カインは赤い目をギラつかせて叫ぶ。
「だって、おかしいだろ! こんなにも努力し、研究に全てを捧げてきた僕が、認められないなんて!」
「なんで、そんなこと言うんですか? カインさんは、十分周りから認められていたじゃないですか!」
アメリアは、声を上げずにはいられなかった。だってカインは、誰もが認め一目置かれるような錬金術師だったのに。
「頂点に立てないなら意味がない! そして、僕にとってのそれは、賢者の地位だったのさ! それを……素性の知れない悪魔みたいな娘が、生まれ持った才能とやらで、僕から奪っていこうとするなんて!!」
「ぐああぁあぁあぁっ!!」
「レオン!!」
精気を一気に吸い取られる感覚に絶叫すると、レオンはその場に倒れる。
その瞬間、カインの背中から服を突き破り黒い翼が生えてきた。
「ひっ」
人間が悪魔になる瞬間を初めて目の当たりにしたアメリアは、あまりにグロテスクで衝撃的なその光景に青ざめ、なんとか吐き気を堪える。
低い唸り声をあげたカインの口元には、鋭い牙が伸び、黒く染まった爪は凶器のように尖っていた。
「悪魔……」
ついにカインは、完全な悪魔となってしまったようだ。
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