赤い瞳の秘密
第44話
いつからかは不明だったが、エリカは悪魔に誑かされ、精神を侵されていたらしい。
そのせいで自らの心の闇に飲み込まれ、聖女の資格を失ったのだと、アメリアは後から聞かされた。
だが、誑かされていただけで、エリカの中に悪魔は憑いていなかったとも聞く。
現在、一連の事件に関して取り調べを受けているらしいが、もはや彼女は正気ではなく、調査は進展していない。
一体、彼女をおかしくさせた悪魔は、どこへ消えたのだろう。
「これで、本当に事件は解決したのでしょうか」
久々に王立研究所に顔を出せたアメリアは、すぐにデールのもとを訪ね、自分の無実を信じ尽力してくれたお礼と共に、今回のことを二人で話した。
あれから数日が過ぎ、通り魔事件は起きなくなり、これで事件は終息したのだといった雰囲気になっている。
けれど、アメリアは、なにかすっきりしないものを感じていた。
「どうじゃろう。悪魔は本来、こちら側の世界では実体がない。じゃが、それが人の心の闇と共鳴し、つけ入られると憑依され、厄介なこととなる。今回事件を起こした悪魔は、すでに実体を持っておるようだ。人を沢山襲い力を蓄えた悪魔が、大人しく消滅するとは思えぬのう」
デールもアメリアと同じ意見のようだった。エリカは、元凶ではない。まだ聖女として未熟だったがゆえに誑かされ、闇に飲み込まれてしまったのだろう。
(悪魔は人を誑かし、心を闇に堕とすもの……)
アメリアには、ずっと心に引っ掛かっていたことがある。
過去、媚薬でレオンの心を手に入れようとした時のことだ。
今思えば、あの時の自分は、正気ではなかった。自分の過ちを他人のせいにしたくはなくて、今まであまり考えないようにしていたけれど……あの時、アメリアの背を押し、闇に堕としたのは……そう誘導したのは、カインの存在だったとも言える。
(もしかして、エリカさんをおかしくさせたのも……でも、二人にそこまでの接点があったのか、分からない)
証拠もないのに疑うことには、躊躇してしまう。自分もそれで疑いの目を向けられ、冤罪をかけられそうになったばかりなのでなおさらだ。
「どうかしたのかい、アメリア」
「……デール様、信じてもらえないかもしれないですけど……わたしも、過去に心が闇へ堕ちかけたことがあるんです」
アメリアは、今まで誰にも話してこなかった不思議な出来事を、デールに話した。
賢者であるデールならば、信じてくれるのではないかと思ったのだ。
自分は過去に一度魔女狩りで死んだこと。けれど、目が覚めると、分岐点とも言える過去に戻って、やり直し、今生きてここにいるということを。
デールは、驚くことも否定することもなく、静かにそしてにこやかに、アメリアが話終えるまで相槌を打って、突拍子もないその話を聞いてくれた。
「そうじゃったか。まだ目覚めるのは先かと思っていたが、君の力は既に目覚めていたのだな」
「わたしの力?」
デールの突然の発言に、なんのことだか分からずアメリアは戸惑う。
「前に言っただろう。君の瞳は、神に祝福された瞳なのじゃと」
もちろん覚えている。あの言葉が嬉しくて、アメリアは錬金術の世界に飛び込もうと、思ったようなものなのだから。
「君の不思議な力を持つ赤い目は、おそらく『賢者の瞳』じゃ」
「賢者の瞳?」
賢者の石ならば、アメリアも知っているのだが。それは錬金術師を志したものなら、誰もが目指し憧れるが、生成不可能とされる幻の石だから。
「誰もが生成を焦がれる賢者の石は、知っておるな」
「はい」
「この話は、ごく一部の関係者と、歴代賢者の称号を与えられた者にのみしか、知る由もない秘密なのだが、アレはのう……人に作れるモノではない。神に与えられるモノなのじゃ」
デールは言った。誰もが焦がれる賢者の石の正体は、生まれ持った赤い瞳に宿る力なのだと。
「この国の歴代の賢者の中でも、賢者の石を生成できたと言われているのは初代のみ。そして、その方には秘密があった。君と同じ赤い瞳にね」
「わたしの瞳と同じ?」
「初代賢者は、謎に包まれた存在であったが、あらゆる病や怪我を治し、また、まるで未来を見てきたかのような先見の明を持っていたと聞く。もしかしたらそれは、アメリアが体験したように、現在から過去へ戻る能力だったのかもしれぬのう」
初代賢者は、強大な力を持つその目の秘密を知られないよう、普段は術で目の色を変え、レプリカの赤い石を持ち、事実を隠していたのだという。
「さっきも言ったが、この事は極々一部の者にだけ語り継がれてきた秘密。それを知り、エリカ殿が君の瞳を狙ってきたのなら……やはり、人ではない悪魔が知恵を与えたと、考えざるを得ない」
赤い瞳は、悪魔にとっても魅力的なモノらしい。恐怖でアメリアはごくりと唾を飲み込む。
過去もこの間のエリカも、アメリアの瞳を抉ることに執着していた。それとあの方と、誰かの存在を仄めかすようなことも彼女は言った。
(やっぱり、事件はまだ終わってない)
「アメリア、過去に君を陥れようとした人物が誰だったのか、教えてくれるかい?」
「それは……」
言っても良いのだろうか。物的証拠は、なにもないのに。
もしこれで彼が容疑を掛けられ捕まり、けれど冤罪だったなら……そんな恐れから、その名を口にすることを躊躇っているうちに、デールの執務室のドアがノックされた。
「デール様、国王陛下への謁見の時間が迫っております」
デールの側仕えが、慌てた様子で部屋に入ってくる。
「おお、もうそんな時間かね。しかし、今は大事な話の途中、少し外で待っていておくれ」
「なりません! いくらなんでも、陛下をお待たせするわけには」
側仕えが青い顔をしてデールを急かす。
「あ、あの……わたしも少し頭の中を整理したいので、お話の続きは明日でも良いですか?」
「うむ……そうじゃな、色々知って君が混乱するのも無理はない。では、明日の朝またここへ来てくれるかな」
「はい」
明日は休日なので、学園もない。
アメリアは素直に頷き、気持ちを整理するためにもデールの部屋を後にしたのだった。
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