第43話

 ドンドンドン! ドンドンドン!!


 朝、生徒たちの登校時間の少し前、アメリアの部屋のドアを誰かが急かすように叩いた。


 何事かと緊張しながらアメリアが、ゆっくりとドアを開けると。


「アメリア・ガーディナー。貴様を、連続通り魔事件の容疑で連行する」

 聖騎士直々のお迎えだった。


「もう、言い逃れは出来ないわよ、アメリアさん」

 聖騎士二名を引き連れ現れたエリカは、険しい顔をしている。


 足元には、昨夜からアメリアの部屋の前に見張りでついていたはずの男が、ミイラ化した状態で倒れていた。


「これ、は……?」


 それを見て呆然と立ち尽くすアメリアに「とぼけないで!」とエリカが、大声を張り上げる。

 その声を聞きつけ、何事かと女子寮にいた生徒たちも集まってきた。


「昨夜、また通り魔事件が起きたの。そして今朝来てみれば、あなたについていた見張りがミイラ化して倒れてた。これはあなたが魔女であったという決定的証拠よ!」


 魔女という単語に、野次馬たちがざわめきだす。

 アメリアを見て怯える者、軽蔑の視線をおくる者、心配そうに見守る者、いろんな視線を浴び恐縮しそうになりながらも、アメリアは冷静さを失わないよう、一呼吸置いてから口を開いた。


「待ってください。わたしはなにもしていません。昨日もずっと部屋にいました」


「あなたの言い分なんて、誰が信じるって言うの? こちらには、昨夜も赤い目の通り魔が、人を襲っているのを見たと言う確固たる目撃者が、何人もいるのよ」


「なら、オレも証言する。昨日、アメリアはずっとこの部屋で、オレと一緒にいたって」


「なっ!?」

 アメリアの部屋からレオンが出てきたのを見て、エリカは表情をひきつらせた。


「レオン、急に病室からいなくなって心配していたのよ? なんで魔女の部屋なんかに……監禁、されていたのね?」


「バカ言うな。何日も会えなかった恋人の顔が見たくて、部屋に忍び込んだだけだ」


「なんで利き腕をそんなにされたのに、まだその子と一緒にいるの!」

 いい加減目を覚ましてと、エリカは縋るようにレオンの腕を掴んだ。


「オレは、犯人を許さないし絶対に捕まえる。けど、犯人がアメリアだなんて思ってない」

「まだそんなことをっ……赤い目の魔女なんて、その子以外いないじゃない!!」


「赤い目ってだけで、オマエはアメリアを差別するんだな」

「さ、差別なんて……」

 レオンの冷たい声音に、エリカの表情が強張ってゆく。


「なんの物的証拠もないのに、赤い目ってだけで、アメリアが犯人だって決めつけて、周りにも風潮するように大声で騒ぎ立ててる。最低だよ、オマエ」


「そ、んな、なんで、あたしの方が悪者みたいに……」


 エリカは、周りからの冷たい視線が、アメリアだけに注がれているものではなくて、自分自身を白い目で見ている生徒もいることに気づき、声を震わせた。


「だって、見張りだってそこに倒れているじゃない!!」

「だから、朝までずっとオレたちは一緒だったって言ってるだろ。部屋の前にいた見張りを襲ったのは、違うやつだ」


「なんでそんな子を庇うの! レオンは騙されてるのよ! 本当なら、あたしたち、今ごろ恋人になっていたはずだったのに!!」


「は? なに言ってるんだよ。オレが、思い続けてたのはアメリアだけだ。ガキの頃からずっと」

「そんなはずない。だって、あたしたち、公認カップルって言われてたじゃない!!」


「知らねーよ、そんなの。周りがなんて言ってようが、オレ自身がオマエを好きだと言った覚えはない」


「そんなはずない……あたしたちは両想いで……それを、そこの魔女がっ、でも、大丈夫……今、あなたの目を覚まさせてあげるから!!」

 エリカは俯き肩を震わせる。最初、泣いているのかと思った。

 けれど、次の瞬間、顔をあげたエリカが、アメリアに向かって手を翳し……。


「悪しき魔女に、聖なる裁きを!!」


「やめろ!!」


「きゃあっ」


 光をぶつけられ吹っ飛ばされたアメリアへ襲いかかり、馬乗りになったエリカの瞳が、妖しく光っているのを見て息を飲む。


 エリカの瞳こそ、赤く光っていたのだ。


「魔女の赤い瞳をくりぬけば、全てが解決するんですって。レオンは正気に戻ってくれるってあの方が」


 なにかブツブツいいながら、エリカは取り出したナイフを振り上げてきたが。


「アメリアにそれ以上なにかしたら、容赦しない」

 レオンにナイフを持つ手を掴まれ、アメリアの上から退かされたエリカは、赤い目をギラつかせ叫び続ける。


「離してっ、離してっ、悪しき魔女に、聖なる裁きを!!」


 だが、どんなにエリカがそう叫ぼうと、もう周りにいる誰も、彼女の言葉に賛同するものはいなかった。


「なんで、なんでよー!!」


 もう一度、聖なる光を放とうと翳したエリカの手から光が放たれることはなく、彼女の右手の甲にある聖女となるべき者の印だったはずの刻印が……その瞬間、砕けるように閃光して消えた。


「え……え?」


 刻印が消えた。それは、神に聖女としての資格を剥奪されたという意味だ。


「赤い目だ! 彼女を捕らえろ」


 エリカの異常性に気付いた聖騎士たちが、ようやく彼女を捕まえる。


 エリカは、消えた刻印があった手の甲を呆然と見つめたまま、もう抵抗することもなく、自分が引き連れてきた聖騎士たちによって、連行されて行ったのだった。


「大丈夫か?」

「う、うん……」

 地べたに座り込んだままのアメリアを、レオンが左手でそっと引っ張り起こしてくれる。


(どういう、こと? エリカさんが、魔女だったの?)


 自分のした罪をアメリアに着せようとしていたのだろうか。

 けれど、アメリアを魔女だと追い詰めようとしてきたあの形相が、演技だったとも思えない。彼女は、間違いなくアメリアが元凶の魔女だと思い込んでいたはずだ……。




 こういて、アメリアが魔女だと積極的に噂を流していたエリカが捕まったことにより、アメリアの謹慎は解かれ、エリカが魔女裁判に掛けられることとなった。


 しかし、これで事件が終わるとは思えない。アメリアの中にある不安が晴れることはなかった。

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