第42話

 日は傾き、もうすぐ夜が来る。

 今夜も、何事もなく過ぎてゆくのだろうか……。


「わたし、最低……」


 窓の外を見つめ呟いた。

 今夜、事件が起きてくれれば、自分の疑いが晴れるかもしれない。一瞬でも、そんなことを考えてしまった自分が嫌になる。


 けれど、どんどん状況が悪くなってゆく歯痒さから、ドロドロとした感情が沸き上がり、過去の自分に戻ってしまったような気持ちがした。


 いや、元々変われていなかったのかもしれない。


 泣くものかと、きゅっと唇を噛んで堪える。


 大丈夫、一人でだって戦える。自分は無実だとちゃんと訴えよう。


 けれど……明日、裁判でレオンと再会したら、自分は冷静でいられるだろうか。


 冷たくこちらを一瞥してくる、そんな彼の表情が脳裏に浮かび怖くなって蹲る。


 コツコツコツ。


「?」


 コツコツコツ――カタンッ!


「よっと……居るなら早く窓開けろよな」


 蹲ったまま何事かと顔をあげたアメリアは、力ずくで窓をこじ開け部屋に忍び込んできたレオンの姿を見て、きょとんとした。


「どう、して……」

「オマエが、一人で泣いてるような気がして」


 変わらない優しい彼の眼差しに、アメリアの瞳から堪えていた涙が零れ落ちた。


「レオン……怪我は、もう大丈夫なの?」

「ん? ああ……」

 レオンは、苦笑いを浮かべながら、包帯の巻かれた右手を押さえる。


「エリカの浄化の力のお陰で、切断せずには済んだ」

「そう……」

 なら、よかった……のだろうか。だが、どこかレオンの表情に、陰りがある気がした。


「レオン?」

 レオンは左腕でアメリアを引き寄せ、ぎゅっと抱き締めてくる。

「ごめんな。オマエが大変な時に、一人にして」

 彼の匂いに安心感を覚え、アメリアは緊張で強張っていた肩の力が抜けた。


 レオンが無事でよかった。しかし、アメリアはすぐに彼を押し離す。


「顔を見せに来てくれてありがとう。でも……もう、帰って。一緒にいるところを見られたら、レオンの立場も悪くなっちゃうかもしれない」


「またそうやって、一人で抱え込もうとする」

「……そんなことない。今は一人になりたい気分なの」

「心細そうに泣いてたくせに?」

 からかうように目元の涙を拭われたけれど、アメリアの表情は冴えなかった。


「ごめんね……レオン」

「なんで謝るんだよ」


「わたし……レオンのこと信じられなかった」

 アメリアは、今朝エリカに言われたこと、そしてレオンに明日裁判で訴えられるのかもしれないと、覚悟したことを正直に伝えた。

 こんな自分に優しくしてもらう資格はあるのだろうかと、罪悪感に苛まれながら。


「オレがオマエを魔女だって訴えると思ったのか? 誰がなんと言おうと、オレはオマエの無実を、証言し続けるに決まってるだろ」

「ごめんなさい……」

 アメリアはもう一度情けない顔をして謝罪した。


「いいよ。こんな状況で、不安にならないほうが無理だし。それに……アメリアの人間不信は、今に始まったことじゃないしな」

 レオンは、そう言って笑ってくれた。いつものように。


「ガキの頃なんて、警戒心剥き出しだったじゃん、オマエ」

「う……」

「それでもさ、諦めないで話しかけ続けたら、オマエは少しずつ、オレに心を開いてくれてただろ」

「……うん」


「なら、これからもっと、オレはオマエに伝え続ける。なにがあっても、アメリアの味方だって。オマエが安心できるまで」

「どうして、そこまで……こんなわたしのこと」


「好きだからに決まってるだろ」

「っ……」


「何年オレが、オマエを想い続けてきたと思ってるんだよ」

「でも、わたし、こんなだし」

「こんなって?」


「卑屈だし内気だし……可愛げもないし」

 アメリアの言葉に、レオンは「ぷっ」と吹き出す。


「そうだな。オマエって、ほんとに卑屈で面倒くさいヤツ」

 そう言いながらもレオンは、愛おしげにアメリアの目元へキスを落とした。


「でも、そんなところも可愛いから。オマエはそのままでいいんだよ」

「っ……そんなこと言う奇特な人、世界中探しても、きっとレオンだけだよ」

「オレだけで十分だろ」

「……うん」


「なにがあっても、オレはオマエの味方だから」

「うん」

 先程までの不安も消えて、レオンさえ味方でいてくれるなら、怖いものなんてないと、そう思えてくるから不思議だ。


「だから、朝まで一緒にいよう」

「うん……え、朝まで?」

「え……あ、違う! 変な意味じゃない!」

 きょとんとしたアメリアの反応を見て、ハッとしたようにレオンが慌てた。


「エリカが言ってた明日の魔女裁判の話だけど、デール様が待ったをかけて、中止になった」

「えっ」

「だからこそ、オマエを犯人にしたてあげようとしているヤツが、今夜なにか仕掛けてくるかもしれない」


 デールも、自分が魔女じゃないと信じてくれているのだと思うと、胸の奥がじんと熱くなってくる。


「アメリアはもう一人じゃない。オマエを信じてくれてる人たちのためにも、こんなところで諦めちゃだめだろ」

「うん」


 こんな状況でもアメリアを気遣ってくれていたデールやアドルフ、それにクラスメイトたちの顔が浮かぶ。


 そうすると、レオンの言う通り、ここで挫けちゃダメだと力が湧いてきた。


 そうだ。過去は変わって、もう自分は一人じゃない。


 その瞬間、アメリアは魔女だと周りから疑われ処刑された過去のトラウマから、本当の意味で抜け出せた気がした。

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