第40話
連日事件が起きている中、犯人は人間ではない可能性が高いと囁かれている。
だが、人外に対抗できる人材は限られており、レオンとエリカも上からの命令でペアを組まされ、深夜の見回りに駆り出されるようになっていた。
聖なる力で悪魔を討伐できるのが聖騎士、聖なる力で人に取り憑いた悪魔を祓い肉体から追い出せるのが聖女、という役割分担があるためだ。
「あたし達で犯人を捕まえましょう!!」
エリカは意気込み、その日に任された深夜の住宅街だけではなく、厳戒態勢が敷かれている路地裏も見回るつもりのようだ。
「おい、勝手に持ち場を離れるなよ」
しかしレオンに止められ、納得いかない顔をする。
「このまま被害が広がっていくのを黙って見過ごせないわ!」
「けど、あっちの地区は、他のヤツらが担当にあたってるだろ」
「あの子は、まだ学園の一年生よ! なにか起きた時、対処できるとは思えない!」
エリカが今踏込もうとしている地区を任されたのは、彼女の後輩にあたる聖女見習いだった。
にもかかわらず先輩であるエリカより、厳重体制の敷かれた地区を割り当てられたのだ。
優秀な人材であると、上から期待されている証拠だ。
「なにか起きてからでは遅いのよ! 心配だわ!」
口ではそう言っているけれど、エリカは内心ただ自分の扱いを面白く思っていないようだった。
レオンの前では普段と変わらぬ様子だったが、最近の彼女は、感情の起伏が激しく、問題行動も多いためどんどん聖女候補としての立場が悪くなってきているらしい。
本人もそれを感じて、内心焦っているのかもしれない。
「住宅街の見回りだって必要な仕事だろ」
「でもっ」
「キャーッ!!」
その時、耳を劈くような女性の声が聞こえてきた。
「やっぱりなにか起きたんだ! レオン行くわよ!」
「あ、おい!」
結局自分の持ち場を離れ路地裏へ走っていったエリカを、ほっとくわけにもいかず、レオンも後を追いかける。
迷路のようになっている道の、奥へ奥へと突き進むとやがて……。
「ひっ!」
声をひきつらせ立ち竦むエリカの後ろ姿が見えた。
彼女の視線の先には、ミイラ化した死体と、血を流し倒れる別部隊の騎士たちが転がっている。
「エリカ、そこから離れろ!」
嫌な予感がしたレオンが叫ぶ。
けれど、エリカはその場で腰を抜かし座り込んでしまった。
そんな彼女を狙うように、どこからか伸びてきた漆黒の闇が襲いかかる。
「きゃー!?」
「危ない!!」
レオンは、エリカを庇うようにして、そのまま闇に飲み込まれたのだった。
◇◇◇
レオンが見回り中に怪我をしたとアメリアが知ったのは、翌朝のことだった。
「アメリアさん、落ち着いて聞いて。レオンが、昨日噂の通り魔に襲われたらしい」
「え……」
レオンと同じクラスのセオドアが、わざわざアメリアのクラスまで教えにきてくれた。彼も今朝寮母さんに聞いて知ったのだと言う。
今は騎士院付属病院に運ばれて、治療を受けているのだとか。
(そんな……レオン……)
アメリアは、血の気が引いた。
関係者以外は面会禁止になっているらしいが、セオドアは入院の間使うレオンの私物を見繕って届けに行くよう、寮母から頼まれたのだという。そして。
「寮母さんには僕から頼んでおくから、よかったらアメリアさんが届け物持って行ってやってくれないか?」
「いいんですか?」
「うん、レオンだって君が来てくれたほうが嬉しいに決まってるし」
「ありがとう」
レオンが怪我をしたと聞いて、いてもたってもいられない気持ちだったアメリアにとっては、ありがたい話だ。
セオドアのおかげで、アメリアは昼休みの限られた時間だったが、入院するレオンに面会することが許された。
騎士院付属病院の中でも重症患者が運ばれる個室に、レオンはいるらしい。
教えられた番号の札がぶら下がった部屋まで着いたアメリアは、痛々しいレオンの姿を目の当たりにするのが怖くて、ドアを開ける前に深呼吸をした。
「レオン、目を覚まして。あたしのせいで、ごめんね」
ドアノブに手を掛けると、中から女性の声が聞こえてくる。
少し開いたドアの隙間から、ベッドに眠るレオンの手を握りしめ、付き添っているエリカの姿が見えて、久しぶりにアメリアの胸の奥がジリジリと痛んだ。
自分を処刑したのは今目の前にいるエリカではない。あれはもう存在しない、過去の出来事なのだと頭ではわかっていても、あの時の恐怖が蘇ってしまうので、アメリアはエリカと顔を合わせないようにしていたのに……。
だが、昼休みの限られた時間しかないアメリアは、腹を括って病室のドアを開けた。
「失礼します」
「っ……あなた、なんの用事? ここは、関係者以外立ち入り禁止のはずだけど」
アメリアの顔を見たとたん、エリカは不愉快そうに顔をしかめる。
「……入院に必要な荷物を、持ってきました」
「そう、じゃあそこに置いておいて」
空いているテーブルを指差して、そっけなくそれだけ言うと、エリカは再びレオンの手を握りしめる。
荷物を置いたアメリアも、眠るレオンの容態が気になって、ベッドの方へと近づいた。
エリカの握りしめている彼の右手は、指先から肩まで包帯が巻かれた状態だった。それから顔色もあまりよくない。
心配になりアメリアは、もう一歩レオンの方へ近づこうとしたのだが。
「用が済んだなら、出てってくれる?」
エリカに冷たい声で制止された。
「少しだけ、レオンと一緒にいさせてくれませんか? わたしも、彼が心配なんです」
「そんなこと、許されるわけないじゃない!!」
「っ!?」
突然怒鳴られ、驚いたアメリアは肩を竦めた。
「レオンの恋人面しないで。魔女のあんたを、レオンと二人きりにさせるわけないでしょ!!」
「え?」
困惑する。魔女と罵られるようなことを、今回の自分はした覚えがない。
けれどエリカの目には、アメリアへの憎悪が滲み出ていた。あの魔女狩りを実行した時のように。
「あたし見たの、通り魔が人を襲うところ。フードを目深に被っていたけれど……闇の中でもしっかりと確認できたわ。真っ赤に光るその瞳をね」
こちらを指差しエリカは続ける。
「悪魔に魂を売り渡した魔女、この事はしっかりと上層部に報告させて貰ったから」
「わたしが、通り魔だって言うんですか?」
人々を、そしてレオンを襲った犯人だと言う気なのか。そんなこと、するわけがない。
けれどエリカは、冗談ではなく本気でそう思い込んでいるようだ。
「媚薬でレオンを誑かしただけじゃ飽きたらず、正体がバレそうになったからって命まで……許さない。あたしは、あなたを許さないから!!」
「媚薬……待って、落ち着いてください。わたしっ」
「出てって!! 二度とあたしたちの前に現れないで!!」
完全に冷静さを失っているエリカは、アメリアの言葉になど聞く耳を持たず、レオンからアメリアを遠ざけるように、ドアの方まで押し戻してくる。
「待って、きゃっ」
思い切り突き飛ばされ、病室の外に追い出されたアメリアが尻もちをついている間に、エリカは無言で病室のドアを閉め鍵を掛けてしまった。
(どうして……)
今はなにを言っても、エリカを興奮させるだけだろう。
悔しさやレオンの傍についていられない歯痒さを感じながらも、アメリアは大人しく学園へ戻るしかなかった。
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