第38話
「あの……眉毛が隠れるぐらいでお願いします」
「えぇ~、どうせならもっとバッサリいっちゃいなさいよ」
「ダ、ダメ、まだそこまでは、恥ずかしい」
目を見せるだけでも緊張するのに、眉毛まで出す勇気はまだない。
そんなアメリアとアドルフの押し問答を見て、美容師がクスクスと笑っている。
色々あったが、今日はこの前行けなかった、アドルフオススメの美容室へ来ていた。
あーでもない、こーでもないと言い合いながら、結局眉毛が隠れるぐらいの長さに前髪を切って、後ろの髪も整えてもらう。
仕上げにこの店特製のオイルを塗ってもらったら艶々になった。
「大丈夫かな……なんだか、顔がスカスカする」
「あはは、顔がスカスカって」
店を出たあと、外の空気に触れた瞬間、アメリアは心許ないような、落ち着かないような気持ちになった。
それから自意識過剰かもしれないけれど、チラチラと通行人に顔を見られている気がする。
やはり不気味な赤い目は、嫌でも注目を浴びてしまうのだなと、反射的に俯きかけたアメリアだったが。
「こ~ら、すぐに下を向かない」
アドルフに指摘され、俯きかけた顔をあげる。
「これから彼氏とデートなんでしょ。堂々としてないさい」
「変じゃ、ない?」
「大丈夫、自信をもって! 心配しなくても、すごく……」
「すごく?」
「……ううん、なんでもな~い。最初の感想は、レオンに言ってもらいなさい」
「う、うん……ありがとう、アドルフさん。いつも、良くしてもらってばかりで」
なにもお返しできてない。そんな申し訳なさを、アメリアは覚えたのだけれど。
「友達でしょ、私たち。困ったときはお互い様」
(お友達……)
嬉しくてアメリアはその言葉を噛み締めた。
「なに、ニヤニヤしちゃって」
「えへへ……嬉しくて、ありがとう」
「っ……これからは目の色より、別の意味で注目されそうなのが、少し気がかりかも」
「え?」
なにかボソッと呟いたアドルフの言葉が聞き取れなくて、首を傾げたアメリアに、彼は何でもないとただ笑っていた。
待ち合わせの場所に着くと、いつものように、近くを通りすぎる女性たちの注目を浴びているレオンの姿があった。
相変わらず本人は、そんなこと全然気にも止めていない様子だが。
「レオン」
急に前髪を切った自分を見たら、彼はどんな反応をするだろう。
そう思い、いつもより声を掛けることに緊張を覚えながらも、アメリアは彼の名前を呼んだ。
「っ!」
顔を上げこちらに気付いたレオンは、息を呑み固まった。
「レ、レオン?」
やはり変に思われてしまっただろうか。さすがに髪型を変え、薄い化粧を施したぐらいで、誰だか分かってもらえなくなることは、ないと思うのだけど。
「どうしたんだ、それ」
やっと言葉を発したレオンは、やはり前髪を突然切ってきたことに、驚いているようだった。
「変、かな……」
「そんなことないけど……」
あんなに目を見せることを嫌がっていたのに、とレオンは言いたいのだろう。
「レオン、ずっと前にこの目をキレイだって言ってくれたでしょ」
「ああ」
「だから、わたしも、この目をもっと好きになろうって思えたの」
そして、俯くばかりで自信がない自分を卒業したかったのだ。
「そっか」
アメリアの言葉を聞いて、レオンは嬉しそうに笑ってくれた。
「すげー可愛い」
「っ!! ……ありがとう、嬉しい」
頬を赤くして、アメリアはとろけるような笑顔になった。
「……可愛すぎて心配が増えそうだけど」
「え?」
「なんでもねーよ。行こう」
「うん!」
どちらからともなく手を繋ぎ、二人は歩き出したのだった。
その後は、最近話すようになったクラスメイトの女子に教えてもらった雑貨屋さんに二人で立ち寄り、レオンが友人から聞いた美味しいレストランで夕食を済ませ、寮までの帰り道をまた手を繋ぎながら歩いた。
寮の前まで着き足を止める。
門限が間近だったせいか、自分達以外に人気はなく、しんっとあたりは静まり返っていた。
今日はありがとうと伝え合い、名残惜しそうにお互いに繋いでいた手を離す。
なんて穏やかで幸せな一日だったんだろう。
「また、明日ね」
「ああ……」
手を振って女子寮の門を潜ろうとしたアメリアの手を、レオンが掴んで引き留める。
「っ――」
なんだろうと振り返ると、顎を掴まれ上を向かされた瞬間――唇に柔らかいものが触れ、キスをされたのだと分かった。
一瞬だけ触れた唇が離れると、吐息がかかるぐらいの距離で見つめ合い、もう一度、今度はどちらからともなくキスをする。
甘くて長いキスの後、そっと目を開けると、そこには幸せそうに優しい眼差しをこちらへ向けるレオンがいた。
「好きだよ、アメリア」
「わたしも……大好き」
過去の自分が言えなかった気持ちが、自然と口をついて出てきた。
「はぁ…………帰したくない」
衝動を抑えるように静かに溜め息を吐いた後、レオンはアメリアをぎゅ~っと強く抱きしめてくる。
「レ、レオン、苦しい」
「ああ……でも、もう少しだけ」
レオンは結局そのまま、門限の時間ギリギリまで、アメリアのことを離してくれなかった。
その日の夜。
アメリアは、ベッドに入ってからふと気がついた。
そういえば、今日は過去の自分が魔女狩りにあって死んだ日だったのだと。
何事もなく終わった事にほっとして、アメリアは瞳を閉じたのだった。
◇◇◇
その日の夜。
「すみません、上手くいきませんでした」
夜、約束の時間に部屋にやってきたエリカは、怒りを抑えきれず肩を震わせながらそう訴えてきた。
今日は、魔女狩りの日だった。
だが、彼女の表情を見る、うまくいかなかったのだろう。
「誰もあたしの言葉を信じてくれないんです! 皆、あの子に騙されているに!」
「魔女とはそういうものさ。人を誑かし、堕落させ、そこに生まれた不幸の蜜を吸うのが目的なのだから」
「っ……あたし、悔しい。このままじゃ、レオンを救ってあげられない」
「まだ、諦めてはいけない。あの赤い目さえなくしてしまえば、きっと君の彼は元に戻ってくれる」
「はい、諦めません。絶対に」
「……大丈夫、魔女狩りはこれからさ」
そう呟き、男は口元に悪魔のような笑みを浮かべた。
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