第37話

「ねえねえ、聞いた? レオン様に恋人が出来た話」

「びっくり! だって、アメリアさんってアドルフ様と噂になってた子じゃない」

「ああ、あれは完全な誤解だったらしいわよ」


 聞こえてきてしまった嫌な噂話に眉を潜め、エリカは踵を返した。

 

 だが、どこに居ても今学園内はこの噂でもちきりだ。


「意外よね。レオン様って、ああいう子がタイプだったのかしら」

「意外かな? 私、アメリアさんと同じクラスなんだけど、話してみるといい子だし可愛いんだよ」


 エリカの目にあの二人は、どう見ても不釣り合いにしか映らないというのに、周りの人たちはわりと二人を好意的に受け入れている。


 そのことが、エリカは益々納得いかなかった。


 ずっとレオンとお似合いだと言われてきたのは、自分だったのに。


「バッカみたい!!」


 納得がいかない歯痒さを、どこにぶつけていいのかわからずに、エリカはプイッとその場から立ち去り、教会へ向かったのだった。






 放課後になり、学園にいても気が滅入るので、エリカは教会へ向かい祈りを捧げていた。


「こんにちは、お嬢さん」

「っ!?」

 突然後ろから声を掛けられ振り向くと、そこには先日社交界で知り合ったカインがいた。

 彼も教会に用事があって、偶然立ち寄ったとのことだった。


「カインさん……こんにちは」

「元気がないようですが」

「別に……なんでもないんです」

「なにかあったなら話ぐらい……いや、それは僕の役目じゃないか。君には、レオン君というナイトがいるのだから」

「っ……」


 悪気はなかったのであろうカインの言葉に、エリカはきゅっと下唇を噛み締め俯いた。


「どうかしたのかい?」

「……あんなやつ、あたしのナイトじゃありません!」

「おや? 付き合っていたのでは?」

「違います、誰があんなやつ! あいつは……アメリアさんの恋人になったようですから」


「それは……」

 エリカの言葉を聞いて、カインは表情を曇らせた。そして、なにか訳ありのような雰囲気を出す。


「もしかして……あの後、彼女は本当に……」

「え?」

「……いや、憶測でこんなことを言ってはいけないな。すまない、忘れてほしい」


 カインは、思わせ振りなことだけを言って、すぐに話をやめ、教会から出て行こうとするが、そんな態度を取られエリカが黙って見過ごせるわけがない。


「待ってください! なにかあるなら、教えてください!」

「それは……」


「なにかあるんですね、やっぱり……あたしおかしいと思ってたんです! だって、今まで恋愛に興味なかったレオンが急にあんなっ、しかも相手はただの幼馴染みだったはずのアメリアさんでっ」


「そうか。君はそんなにも、彼を想っていたのか……ならば、君には知る権利があるのかもしれない」


 ふむっと、少し考えているような間を持たせた後、カインは言葉を選びながら口を開いた。これは、あくまでも自分の憶測であり証拠はなにもないと言いながら。


「実はね、先日……アメリア君が、とある薬について書庫で調べているのを見てしまって」

「とある、薬って?」

「媚薬さ……いわゆる、惚れ薬だ」

「媚薬ですって!?」

「ああ……このことは、僕だけの胸にしまっておこうと思っていたんだが」


 カインの話を聞いたエリカは、驚くことなく静かに納得しているようだった。


「やっぱり……そういうことだったのね」

「……いや、だが、その時アメリア君は、本をすぐに棚に戻し、持ち出したりはしていなかった。だから……思い留まった可能性も……」


「いえ、薬を使ったなら全ての辻褄が合います。レオンが急に変わってしまった理由も!」

 エリカは、怒りに震えているようだった。その瞳には、こぼれ落ちそうなほどの涙が溜まっている。


「本当はレオン……社交界が終わってすぐ、あたしに告白してくれるつもりだったみたいなんです。彼の友人がそう言っていて。なのに、急に態度が変わって……あたし、ずっとそれが納得いかなくてっ」


 エリカは怒りを滲ませながら、ポロポロと大粒の涙を流す。


「人の気持ちを薬で操作するなんて、最低な行いだわ! レオンもあたしも、学園で孤立していたアメリアさんに、あんなに良くしてあげていたのにっ、その仕打ちがこれなんてっ」


「ああ、すまない。こんなことになるなんて……これは、僕の責任でもあるかもしれない。叶わぬ恋に傷ついているアメリア君を見ていられなくて、僕がレオン君を手に入れたいと願う彼女の気持ちを肯定するようなことを言ってしまったから」


「そんなの関係ないですよ! アメリアさんが、薬に手を出すような卑怯者だったってだけ……許せない」

 そして思った。自分がレオンを救わなければと。


「僕も協力するよ。やはり責任を感じる……なんとか、薬の効力を無くす方法を探し出すから、待っていてくれないか」


 悔しいけれど、今はアメリアが薬に手を出した決定的な証拠もなく、カインの言葉に縋るしかない。

 その日から、二人は頻繁に交流するようになっていった。



◇◇◇



 それからしばらく経った放課後。


「皆、聞いて! アメリア・ガーディナーは人を誑かす魔女だったの!」

 怖い顔をして、クラスメイトたちにそう訴えるエリカに、皆が驚いた顔をする。


「力を貸して? 皆で魔女を退治しましょう! この学園の平穏のために!!」


「エリカ、それはさすがに……」

「冗談でもそんなこと言っちゃマズイって」

 キャサリンとクルトが諭そうとしてきても、エリカは聞く耳を持たない。


「本当よ! あの子は赤い目をした魔女なの! レオンは、悪魔の力で誑かされておかしくなってるのよ!!」


 自分が促せば、皆も動いてくれるとエリカは信じていた。


 けれど、彼女の言い分に、クラスメイトたちは苦笑いを浮かべるばかりだ。

 いくらレオンに振られたからって、その言い分はあんまりだと。


「エ、エリカ、落ち着いて!」

「ご、ごめんな! おれたちが、勝手にレオンとエリカちゃんは両想いだって、盛り上げたりしたから、エリカちゃんを傷付けるような形になって……」


 申し訳なさそうに、気遣わしげな同情の眼差しを向けられ、エリカは益々興奮状態に陥ってゆく。


「違うわ! あたしは、正気よ! どうして誰も信じてくれないの!」

 いつも自分の言うことは、なんでも肯定してくれる取り巻きたちが、怯えたような目でこちらを見てくる。


(なんで……悔しい。正しいことを言っているのは、あたしの方なのに!)


「もういい! あたし一人でも、戦うわ!」

 バンと机に手を付きそう宣言すると、エリカは教室を飛び出していった。


「ど、どうしよう、エリカがおかしくなっちゃった……」

「そりゃショックだよな。両思いだって勘違いさせちゃったのは、おれたちの責任でもあるんだけど……」


「だから、あまり外野が囃したてるなって何度も言ったのに」

 いつも一人冷静だったセオドアにチクリと窘められ、キャサリンとクルトはしゅんと肩を落とし反省していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る