第34話

 自分が作ったのは、禁忌の媚薬ではなかった。

 その事実を知った次の日になっても、アメリアはうまく気持ちを整理できずにいた。


 だって、じゃあ、あの突然のレオンの変わりようはなんだったのだろう。

 けれどデールがそんな嘘を吐くはずがない。


(もしかして、レオンは薬とか関係なく、わたしのことを……?)


 好きだと言ってくれたのだろうか。そう思いかけ、けれどそんなわけないと自惚れそうになった思考を振り払う。


(そんなわけない。だって、わたし、こんなだし……)


 根暗で人見知りで、頑固で捻くれ者で、自分に自信が持てなくていつも俯いている。こんな自分、彼に好きになってもらえる要素など皆無だ。


(今のままじゃ、レオンの隣に並べない……)


 ぼんやりと窓ガラスに映る自分の姿を見つめていると、誰かに名前を呼ばれた。


「どうしたの、貴女。外をぼんやり眺めてため息なんて」

 振り向くと、そこには心配そうな顔をしたアドルフがいた。


「いえ……」

 正確には外ではなくて、窓ガラスに映る自分の顔を見てため息を吐いていた、とは言いづらくアメリアは口ごもる。


「なんかあったなら、話ぐらい聞くわよ?」

 なんでもないです。そう答えようとしたアメリアは、けれどそこで思い直す。


 過去の自分は、いつもこうやって自分から気持ちを閉ざして、人を拒み続けていた。

 冷たい言葉を投げつけてくる人もいれば、こうやって優しく接してくれた人もいたのに。

 色んな人と関われば、それだけ傷つく可能性も増えると思っていたから。でも……。


「わたし……変わりたくて」

「え?」


 緊張で僅かに声を震わせながらも、アメリアは自分の気持ちを話してみた。

 声に出した言葉の通り、変わりたくて。今までの自分の殻を破りたくて。


「どうしたら、もっと自分に自信が持てるようになれると思いますか?」

「アメリアは、自分に自信が持てないの?」

 頷くアメリアを見て、アドルフは少し驚いた顔をする。


「貴女って錬金術の才能があって、勉強もできてすごいじゃない。もっと自信持ちなさいよ」

「全然、そんなのすごくないです……」


 真面目というより、勉強以外することがなくてずっと勉強をしてきただけだし、錬金術の才能だってあると言えるか分からない。


「う~ん、十分すごいと思うんだけど。どうしてもっと自信を持ちたいと思ったの?」

 アドルフにそう訪ねられ、アメリアは恥ずかしくて俯きたくなったのを堪え、勇気をだして相談した。


「わ、わたし、好きな人の隣に立っても、恥ずかしくないと思える自分になりたくてっ」

 言った瞬間、カーッと顔が赤くなるのを止められない。


 お前なんかがなにを言っているんだと笑われるんじゃないかと、嫌な汗もぶわっと吹き出す。


 けれどそんなアメリアの言葉を聞いたアドルフは……。


「なになに、恋の悩み?」

 ニンマリとして目を輝かせていた。

「ちょっと、詳しく聞かせなさいよ! 貴女、そういう話、普段全然教えてくれないから」

「え、え、あの、あの」


「ほらほら、連行~」

「え~!?」

 戸惑うアメリアは、そのままアドルフに肩を押され、人気のない場所へと連行されていったのだった。






「ふんふん、なるほどねぇ。確かに、レオンといえば、難攻不落なことでも有名よね」


 相手は誰か。どういう関係性なのか。いつから好きだったのか。次から次へと矢継ぎ早に聞かれ、シドロモドロになりながらもアメリアは素直に答えた。


 アドルフも気を使って誰もいない空き教室に連れてきてくれたようだし、出来るだけ答えようと思った。


 媚薬のことや、昨日告白されたけど断ってしまったことまでは、さすがに言えなかったけれど。


「でも、今の話を聞いた感じ……かなり脈ありだと思うんだけど」

「ま、まさか!」

「だって、いくら世話焼きの幼馴染みだからって、なんとも思ってない相手に対して、学園に入ってからも、頻繁に二人で会いたがったりするかしら」


 どうだろう。自分は思わないけど、レオンの気持ちまでは分からない。


「告白してみたら?」

「それは……まだ、ダメ。こんなわたしが隣にいたら、レオンが笑われちゃうから」

 アメリアは、この学園に入ってすぐに起きた噂のこともアドルフに話した。


「う~ん……じゃあ、まずは見た目から変わってみるっていうのはどう?」

 アドルフは親身になって一緒に考えてくれた末、アメリアの分厚い前髪を一つまみしながら、そんなことを言ってきた。


「見た目、から?」

「そう。服装や髪型を変えると、気分や心持ちも変わるものよ」

「で、でも、わたし……」


 赤い目を人に見られたくない。

 また魔女だと騒がれ、魔女狩りにあって目をくりぬかれそうになったらと恐怖が過る。


 でも、その時、ふとレオンが言ってくれた言葉が甦った。


 ――オマエのその赤い瞳、キレイだなってずっと思ってた。


 彼がそう言ってくれたから、ほんの少しだけアメリアは、この瞳の色を好きになれた時の気持ちを思い出す。


 そうだ。誰に不気味がられても、後ろ指を刺されても、今の自分にはやましいことなんてない。それに、大好きなレオンがキレイだと思ってくれるなら、それでいい。そんな気がした。


「アドルフさん、お願いします。わたしに、色々教えてください。お化粧のこととか、おしゃれのこととか」


 こんなこと異性に頼んで良いものかとも思ったが、彼は誰が見ても今のアメリアよりは、おしゃれで化粧も上手だ。


「ふふ、任せて。私、妹によくしてあげてたから、人に化粧するのも得意なの」


 ウィンクをしながらそう答えたアドルフは、とても楽しそうに笑っていた。

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