二度目の恋
両片想い
第33話
「――リア? アメリア」
名前を呼ばれハッと顔をあげると、心配そうにこちらを見ているレオンが、向かいに座っていた。
「え……わたし……」
胸に手をあてる。剣で刺されたはずの傷がどこにもない。
戸惑いながら辺りを見渡す。
(ここは、わたしの部屋?)
どうやら今自分は、寮の自室にてレオンと向い合わせで座り、紅茶を飲んでいるところのようだ。
エリカに呼び出された地下室で、自分は殺されたはずだったのに……。
「どうしたんだよ、顔色悪いぞ」
「う、ううん……なんでもないよ」
「そうか?」
レオンは首を傾げながらも、目の前の紅茶が淹れられたティーカップに口をつける。
戸惑いながら視線を向けた日捲り式のカレンダーを見て、アメリアはさらに青ざめた。
(どういうこと?)
その日付は、自分が過ちを犯した日だった。どういう訳か自分は、レオンに媚薬を飲ませたあの日に戻っている。
ありえない出来事に、思考が追い付かないけれど……。
(わたし、過去に戻ってる?)
ハッとしてレオンの方に視線を向ける。だが、彼はちょうど紅茶を飲み干したところだった。
恐る恐る自分のポケットに手を入れ確認してみれば、入っていたのは空っぽの小瓶。
(そんな……)
アメリアは絶望した。
信じられない状況ではあるが、自分はやり直したかったあの日に、戻ることができたようだった。けれど、レオンが紅茶を飲み干してしまった後に気がついても、なんの意味もない。
これじゃあ、またあの悲劇の繰り返しになる。しかし、この媚薬は飲ませた後に、自分から想いを告げ感情の共鳴を起こさないと、効力を発揮しない薬のはず。
(わたしが告白しなければ、未来は変えられる?)
「あのさ、アメリア……」
アメリアが頭の中でグルグルとそんなことを考えていると、覚悟を決めた目をしたレオンが口を開いた。
「オレ……」
そういえば過去のレオンも、なにかアメリアに伝えるために部屋まで来てくれたようだった。言い掛けた言葉は、自分が遮り結局聞けずじまいだったけれど。
「好きだ」
「……え?」
「オマエのことが好きなんだ!」
なにを言われたのかよく分かってないような顔をしているアメリアを見て、レオンは焦れったそうにテーブルに手をつき立ち上がる。
「だからパーティーでオマエが、他の男と参加してたの見て、すっげー嫌だった。嫉妬した」
「…………」
「なんとか言えよ……」
どうやら、媚薬が効力を発揮してしまったようだ。レオンからそんな事を言ってくるなんて、そうとしか思えない。
でも、せっかく過去に戻ったというのに、また同じ末路を辿るのはダメだと思った。だったら……。
「……ごめんなさい」
「っ……」
そう言った瞬間に見せた、レオンの傷付いた表情が見ていられなくて、アメリアは彼から目を逸らして俯く。
心は痛むけれど、媚薬で惑わされている彼の気持ちに、つけ込むような真似はもうしたくない。
「それは、オレの気持ちには応えられないってこと?」
「うん」
「っ……他に好きな男でもいるの?」
「そんな人……いないよ」
「じゃあっ」
「ごめんなさい」
なにか言おうとしたレオンの言葉を遮る。
俯いて目を合わせようとすらしてくれないアメリアの態度を見て、小さく息を吐いた後「わかった」とレオンは呟いた。
「突然押し掛けて、ごめんな」
「ううん」
「じゃあ……」
少しだけ名残惜しそうな顔をした後、けれどレオンはそれ以上なにも言うことなく、来た時と同じ窓から外へ出ていったのだった。
部屋がしんっと静まり返る。
レオンを傷付けてしまった。けれど、彼の気持ちに応えるわけにはいかないし、今の自分には本当の気持ちを伝える資格もない。
(そうだ、デール様に会いに行こう)
賢者であるデールならば、解毒不能と言われている媚薬の呪いも、解く方法を知っているのではないかという、僅かな希望を握りしめて、アメリアはこっそりと寮を抜け出したのだった。
「残念ながら、一度その媚薬の毒牙に掛かってしまった者を、解放する薬はないのう」
王立研究所に着いてすぐデールに、自分が作った媚薬のレシピを伝え、解毒剤は作れないかと相談してみたが、返ってきた答えにアメリアは絶望した。
「そのレシピ……ここの機密書庫に保管されておる、禁忌薬の書に記されている薬じゃな」
こんな相談をすれば、いずれバレてしまうことだ。アメリアは、カインのことには触れないように、自分の行いだけを白状した。
「はい……ごめんなさい、デール様。わたし、こっそり書庫に忍び込んで、媚薬のレシピを見つけてしまって、それで……」
「どうしたのじゃ、アメリア。怖がらないで、言ってごらん」
「……わたしは、許されない罪を犯しました」
好きな人に媚薬を飲ませてしまったこと。薬の力で告白されたけれど、後悔していること。そして、どうにかして彼を救ってほしいと。だが……。
「ハッハッハ、なにを言い出すかと思えば」
デールはアメリアの告白を聞き笑い出す。
「デ、デール様?」
「いやいや、笑ったりしてすまない。それは辛かったじゃろう」
「わたしはいいんです、自業自得ですから。でも、レオンは……」
「そうじゃな。些細なすれ違いで振られてしまったのでは、かわいそうじゃな」
些細なすれ違いという表現にアメリアは違和感を覚えた。
「安心なさい。アメリアが作ったのは、禁忌の媚薬じゃない」
そんなはずはない。書庫で見たレシピ通りに自分はそれを作り、そして現にレオンを惑わせてしまったのだから。
「その媚薬を作るためには、大量のココロ草が必要だったはずだが、アメリアはどこからそれを手に入れたんじゃ?」
そう聞かれ、戸惑いながらもアメリアは答える。
「近くの森で」
ココロ草とは、紫色をしたギザギザの葉で、この辺りでは割りと手に入れやすい薬草だった。
「そのココロ草は何色じゃった?」
「紫ですけど」
ココロ草は普通紫一色だ。だから、アメリアはその質問の意図が分からなかったのだが。
「禁忌とされている媚薬に必要なのはのう、桃色のココロ草なんじゃよ」
「え……」
桃色のココロ草なんて見たことも聞いたこともない。
「桃色のココロ草は、百年以上前に枯れ果て、もう手に入らない薬草と言われておる。だから、今の若者たちはココロ草といえば紫だと思って当然じゃが、それじゃあ禁忌の媚薬は作れない」
「そんな、じゃあわたしが作ったのは……」
「安心しなさい。紫の葉で作れるのは、ただの栄養剤じゃ」
「え、栄養剤……?」
その言葉を聞いた瞬間、アメリアは気が抜けてストンと地べたに座り込んだ。
「……あれ、でもレオンは……?」
頭の中が混乱する。
自分が殺された過去のレオンも、今現在のレオンも、アメリアを好きだと言った。それは媚薬が効いている証拠だと思っていたのに……。
「え?」
過去の彼の恥ずかしくなるほどの愛の言葉も、周りを戸惑わせる程の溺愛ぶりも、全部媚薬の力だと思っていたのに……。
「え?」
訳が分からなくてぽかんとしているアメリアを、優しく見守るようにデールは笑っていた。
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