第32話

 ナイフで目をくりぬかれそうになったアメリアは、恐怖で身体を震わせながらも必死でもがき抵抗していた。


 アメリアの顔を押さえつけようと手を伸ばしてきたエリカの指に、思いきり噛みついてやると、彼女は悲鳴をあげて手を引っ込める。


「痛いっ、よくも……もういいわ! その魔女にトドメを刺して!!」


 目玉は死んだ後でもくりぬけるもの。と、エリカがほの暗い目をして笑えば、従順なしもべと化した聖騎士見習いの一人が、なんの躊躇いもなく腰に携えていた剣を振り上げた。


(イヤだ。怖い。誰か……)


 レオン、助けて。と叫びかけたアメリアは、けれど自分にそんな資格はもうないのだと恐怖を飲み込み、グッと固く目を閉じる。


「悪しき魔女に、聖なる裁きを!!」


 グサリ――。


 聖なる光を纏った剣がアメリアの身体を貫いた。


「ぅっ……くっ」


 剣を抜かれた瞬間に、だくだくと温かい血が流れだし、アメリアはその場に膝を着き倒れる。


「やった、やったぞ! 魔女を倒した! おれの手柄だ!!」

 アメリアを刺した見習い騎士が、誇らしそうに両手をあげて喜びの表情を浮かべた……次の瞬間。


「アメリアー!!」

「っ!?」


 喜んでいた見習い騎士は、部屋に飛び込んできたレオンに殴り飛ばされ意識をなくす。


「貴様らっ、アメリアに触るな!!」

「ひっ、レオン、お、落ち着けって、グアッ!?」


 まだ息のあるアメリアに、今度こそトドメを刺そうとしていた騎士見習いたちも、殺気に満ちたレオンに怯み手も足も出せぬまま、急所を一撃でやられ、その場で意識をなくし倒れた。


「アメリア、アメリア!!」


 血の止まらぬ傷口を誰かが押さえ、抱きしめてくれている感覚がして、意識を失くしかけていたアメリアは、重い目蓋をうっすらと開く。


「なんでアメリアがこんな目にっ」

 そこには、悲痛な表情を浮かべながらも、必死で止血しようとしてくれているレオンの姿があった。


「ぁっ……レオ……」

「しゃべるな、じっとしてろ。今、助けをっ」

 レオンの声も表情も、もうぼやけてよくわからない。


 自分はこのまま死んでしまうんだなとアメリアは悟った。

 悪い魔女になってしまった自分なのに、大好きな人の腕の中で死ねるなら、贅沢すぎる死に様だ。


「レ、オン……ごめ、んね」

「なんで謝るんだよっ、オマエはなにも悪くないだろ!」


「ごめ、ね……あの、ね……わたし、レオンが……大好きだったの」

「っ!」


 やっと言えた。そんな気持ちだった。媚薬で繋ぎ止めるための台詞じゃなくて、心からの自分の想いを込めた言葉を。


「ずっと……ずっと、好きだった」

「オレだって、ずっとアメリアが好きだったよ」


 ああ、例えこれが媚薬の力による偽りの言葉だったとしても、最後に聞けた台詞が大好きだった人からの愛の言葉なら満足だ。十分だ。


「あなたを好きになって良かった……」


 そう思いながらアメリアは瞳を閉じたのだった。



◇◇◇



「アメリア? うそ、だよな……アメリアー!!」

 目を閉じて、もう動かなくなったアメリアを抱き締め、レオンは涙を流した。


「レオン、まだ油断できないわ。その魔女から離れて」

 そう訴えくるエリカを睨む。


「エリカ、なんでこんなことをっ。アメリアがなにをしたって言うんだよ!!」

「その子は魔女だったのよ! あなたを誑かしていた魔女なの!!」


「オレは誑かされてなんかいないし、アメリアは、魔女じゃない!!」


「目を覚ましてよ! レオン、最近ずっとおかしかった。突然アメリアさんと付き合いはじめて、人前で平気で惚気て、レオンらしくない。あんなのどう見ても、普段のレオンじゃなかった!」


「悪かったな、おかしくて! でも、あれがオレの正気だよ! ずっと好きだった子に告白してもらえて、付き合えることになって、浮かれて悪いかよ!!」


「そんなっ、あなたが本当に好きなのはその子じゃない!!」


「オレが惚れてるのは、ガキの頃からずっと変わらずアメリアだけだ!!」


「違う、どうしてっ、どうして正気に戻ってくれないの? ああ……そっか、目をくりぬいてなかったから……その子の、赤い目を」


 虚ろな目をしたエリカが、ゆらりゆらりとこちらに近づいてくる。


「……オマエこそ、正気に戻れよ」

 冷たいレオンの声が、地下室に響いた。






「アメリア、仇はとったから」


 どこからか、愛しい人の声が聞こえる。

 けれどもうアメリアは、身体を動かすことも声を出すこともできない。


「守るって約束したのに……こんなことになって、ごめんな」

 大好きな人が、泣いている。泣かないで。


「すぐに、オマエのところにオレも行くから……生まれ変わったら、もう一度出逢って、今度こそ幸せになろう」


 生まれ変わりなんて本当にあるのだろうか。自分にもそれは許されるのだろうか。


 もし人生にやり直しがきくのなら……二度目の恋は媚薬に頼らずがんばりたい。


 最初からそうすればよかった。ありのままの自分で、この想いを伝えられていたなら、なにか違う未来があったのだろうか。


「アメリア、愛してる」

 レオンは、動かないアメリアの瞼にキスを落とした……。


 その瞬間、アメリアは暖かな光に包まれていた。


 たとえ生まれ変わっても、この想いだけは失いたくないと願いながら。

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