第31話
「エリカさん、いったいどこまで行くんですか?」
どこまでも歩いて学園の外に出て城下町に着き、それでも黙って歩き続けるエリカに戸惑いながら声を掛ける。
「もう少しよ。大事な話だから。人払いしてある所まで行きましょう」
「大事な話?」
「……媚薬の件。と言えば、理解してもらえるかしら?」
「っ!」
「誰にも聞かれたくないでしょう? なら、あたしに着いてきて」
軽蔑するような冷たい目で、エリカはアメリアを一瞥すると、再び無言で歩き出す。
なんで。どうして……。そのことを知っているのは、自分の他にはカインだけだったはずなのに。
もはや自分には拒否権がないのだと察し、アメリアは大人しくエリカの後ろを歩き続けた。
連れてこられたのは、教会の地下室だった。
こんなところ勝手に入って許されるのかと思ったが、聖女候補であるエリカには、立ち入りが許されているようだ。
重たそうな鉄の扉が開かれ「どうぞ」と中へ入るように促される。
人払いはできていると言っていたのに、その地下室には三人の男子学生の姿があった。腰に剣を携えることを許されていることから、聖騎士見習いなのだということが伺える。
エリカの取り巻きなのかもしれない。
「あの……きゃっ!?」
これはどういうことなのか聞こうと、振り向きかけたアメリアは、思い切り突き飛ばされそのまま地面に倒れ込む。
もちろん突き飛ばしたのはエリカだった。
身体を打ちつけ、痛みで表情を強張らせながら顔を上げたアメリアを、彼女は冷たい目で見下していた。
いつもの明るい彼女とは、まるで別人のようだとアメリアは思ったが、けれどもしかしたら、本心ではいつも彼女はこうして自分を見下していたのかもしれない。なんとなくそう思えた。
「聞いたわ、アメリアさんって魔女が産んだ子だったんですってね」
三人の聖騎士見習いが見守るなか、エリカが話し始める。
「それだけじゃない……あなたも魔女だったのね!」
前髪を掴まれ上を向かされたアメリアの、露になった赤い瞳を見て聖騎士見習いたちが息を飲む。
「まあ、なんて穢らわしい」
ただ一人、エリカだけはアメリアの目を見ても怯むことはなかった。
「その目に悪魔が宿っているのね……レオンを誑かした性悪女!!」
罵声の言葉をぶつけられることには慣れている。
アメリアは憎しみの籠る目で睨まれても、エリカから目を反らさなかった。
「返してよ、あたしのレオンを返して!!」
「……あなたのレオンじゃない」
「レオンはねっ、あたしに……あたしに、告白しようとしてくれていたのよ。それをあなたが、邪魔したの!! あたしたちを引き裂いたの!! あたしは、あなたを許さない!!」
あなたになんか許されなくていい、そうアメリアは思った。
けれどレオンの想いを踏みにじった罪は、償わなくてはならないと思う。レオンのために……。
「……儀式を始めるわ。彼女を立たせて」
聖女たる凛とした声でエリカが命令すると、仰せのままにと聖騎士見習いたちが動き出す。
後ろから腕を捕まれ、羽交い締めにされ、抵抗しようとしたのだが、男の力には敵わなかった。
「とある方が教えてくれたの。媚薬を使った魔女の呪いを解くにはね……生け捕りにして、悪魔の宿るその赤い目を、くりぬいてしまえばいいんですって」
「っ!」
細いナイフを取りだしこちらに向けてきたエリカの笑みを見て、背筋がぞくりと冷える。
(わたし、目をくりぬかれるの?)
さすがにそんな惨いことをされるとは予想しておらず、アメリアの身体が小刻みに震え出す。
「やっ、やめて、来ないでっ」
「暴れられると、やりづらいわ」
エリカの指示で、もう一人の男子生徒がアメリアの足を押さえつけた。
「いやっ、いやっ」
「さあ、粛清の儀式をはじめましょう」
ナイフの先が瞳に向けられた瞬間、アメリアは恐怖でグッと目を瞑ったのだった。
◇◇◇
様子のおかしかったアメリアが店を飛び出してすぐ、レオンも後を追いかけたのだが、人混みに紛れてしまった彼女に追い付くことができぬまま見失ってしまった。
寮に戻っていないかと寮母さんに確認してもらったが、まだ帰って来てないとのことだった。
「アメリア……どこに行ったんだよ」
最近ずっと様子がおかしかったけれど、理由が分からない。自分がなにかしてしまったのだろうかと、寮の前で項垂れていると。
「レオン!! やっとみつけた」
「セオドア?」
親友が血相を変えてこちらに駆けてくる。
自分のことを探し回ってくれていたようだった。
「どうしたんだよ、そんなに慌てて」
「はぁ、はぁ……アメリアさんは? 一緒じゃないの?」
「ああ……ちょっと、色々あって」
アメリアの居場所なら、こっちが聞きたいぐらいだ。
いったいなにがあったのかと、レオンが戸惑っているうちに、クルトとキャサリンもこちらに駆けつけてくる。
「レオ、ン……大変、アメ、リア、さんがっ」
「アメリアが、どうかしたのか?」
レオンは、なぜかその先を聞きたくないような、そんな嫌な予感を覚えた。
ぜぇぜぇとした呼吸を整えながら、必死でクルトが言葉を発する。
「アメリアさんが、エリカちゃんに連れられて、どこかに行ったって。さっき目撃した奴から聞いて。おれらも必死で、阻止しようとしてたんだけど、エリカちゃんの取り巻きたちに邪魔されて、ごめんっ!!」
「なんの話だ?」
アメリアとエリカが一緒にどこかに行っただけで、なにをそんなに慌てているのか、最初レオンには理解できなかった。
でも、エリカの親友だったキャサリンが、青い顔をしてエリカの様子がおかしくなったことを説明してくる。
「エリカ、目付きがいつもと違ってて、別人みたいで……魔女を粛清するって、魔女狩りだって、アメリアさんを探し回っていたみたいなの」
「なんだって!?」
ようやく事態を飲み込み始めたレオンは、サーッと血の気が引いた。
「どうしよう、エリカを止めなくちゃ。でも、事情を話して先生たちにも協力してもらってるんだけど、どこに行ったのかみつからなくて」
「…………」
レオンは取り乱しそうになった感情をぐっと抑え、冷静に頭の中で状況を整理した。
エリカがなにをきっかけに豹変したのかは知らないが、聖女候補が魔女狩りを行うというなら、使うであろう粛清部屋を聖騎士見習いであるレオンは知っている。
場所が思い浮かんだ瞬間、レオンは我を忘れて走り出した。
アメリアの無事、それだけを祈りながら。
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