第30話

「分かっているね、エリカ。彼の心を救うにはそれしかないのだよ」

「はい。任せてください」


「大丈夫、必ず上手く行く。必ずね」

「当然です。人の社会に紛れ込んだ魔女は、処刑されるのが鉄則ですもの」


 大好きな彼が正気に戻る方法を教えてやろうと伝えたら、その日から彼女は自分の従順な下僕になった。


 恋する相手を振り向かせたい。そんな乙女の心に漬け込むのは、容易い。

 もはや彼女は、なんでも言うことを聞く人形だった。


 エリカを見送ったあと、男は一人部屋で赤ワインを飲みながら高笑いをする。


「く、くくく、ハハハハハッ! アメリア、もうすぐお前の赤い瞳は我のものだ!」



◇◇◇



「皆、聞いて! アメリア・ガーディナーは人を誑かす魔女だったの!」

 ある日の放課後。怖い顔をしてクラスメイトたちへそう訴えるエリカに、皆が驚いた顔をする。


「力を貸して? 皆で魔女を退治しましょう! この学園の平穏のために!!」


「エリカ、それはさすがに……」

「冗談でもそんなこと言っちゃマズイって」


 いつも親しくしているキャサリンとクルトが、張り詰めた雰囲気を和らげるようにエリカを諭そうとしたが、エリカは聞く耳を持たない。


「本当よ! あの子は赤い目をした魔女なの! レオンは、悪魔の力で誑かされておかしくなってるのよ!!」


 教室にいた生徒たちの半分は戸惑いの表情を浮かべていたが、残り半分ぐらいの生徒たちは、聖女候補のエリカが言うならとざわめきだす。


「確かに私も、突然レオン様の雰囲気が変わっておかしいと思っていたの」


「よりによって、あんな陰気な子を選ぶなんて……わたくしも、納得がいっていませんでした! あんな子が選ばれて、わたくしは相手にもされないなんて!」


「赤い目を隠すためにいつも前髪を伸ばしてうつむいていたのか」


「母親は魔女だったって噂なら、自分も聞いたことがあったぞ!」


 どんな女性に言い寄られても、見向きもしなかったレオンの変わりように驚いていた生徒たちが、口々に不満や不信感を話し始める。


「レオン様を助けなくちゃ!」

「この学園に魔女がいるなんて、怖いっ」

「俺たちに協力できることがあるなら言ってくれ!」


「みんな、ありがとう! 心強いわ!」


 レオンに想いを寄せ、アメリアに内心嫉妬していた女子生徒や、聖女候補として有力なエリカに恩を売っておきたい取り巻きたち、様々な思惑の者たちの間に妙な結束感が芽生え出す。


「やだ、なんか怖~い」

「やばいんじゃないか? 誰か、止めろよ」

 その他の生徒たちは、戸惑いつつ関わりたくないといった雰囲気で、傍観者となっている。


「ど、どうしようクルト。エリカ、なんか変じゃない?」

「あ、ああ……」


「早くレオンとアメリアさんに危険を伝えよう。二人は、まず職員室に行って、この事態を先生に伝えて」


 親友の豹変ぶりに戸惑うキャサリンとクルトを尻目に、冷静なセオドアが立ち上がる。今あの輪を刺激するのは危険だから、ここから離れようと。



◇◇◇



 こんな自分では、レオンの隣に立つ資格はない。


 彼はもう元には戻らない。自分が死なない限りは。


 レオンがずっと一緒に居てくれるなら、どんな苦しみにだって耐えられる。だから、このまま……。


 アメリアの心の中には、真逆の感情が渦巻いていた。


「――ア? アメリア?」


 名前を呼ばれ、ハッと顔を上げると、そこには心配そうな顔をしたレオンがいた。


 そうだ。今日の放課後は、ケーキが美味しいと話題の喫茶店へ行こうと約束して、二人でせっかく時間を作りやってきたのに。


 アメリアは、ケーキの味もよくわからないまま完食し、頭の中で騒ぐ煩い自分の苦悩と戦っていた。


「ごめんね、なんの話だったっけ」

 こんなことではダメだ。せっかく付き合いだしてから、二人の時間が増えたのに。


「今度の夏休みは、二人で一緒に実家に戻ろうって話。父上たちに、オレたちのこと話しておこう」


「え……」


「皆、驚くかな。けど、きっと祝福してくれる」

 レオンは、楽しそうにこれからの事を話してくれる。

 これから二人で行きたい場所、したい事を。

 でもそれらはすべて、本当に自分が受け取ってよいものなのだろうか。


(わたしに、そんな資格……でも、嫌なの。エリカさんに……ううん、他の誰にもレオンを取られるのはいや)


 ここが、自分の唯一の居場所なのだから。


「アメリア……」

 また上の空になってしまっていたらしい。

 テーブルの上に置いていたアメリアの手に、レオンはそっと自分の手を重ねながら口を開いた。


「オレと……付き合ったこと、後悔してる?」

「え……」

「なんかさ、付き合い始めてから、どんどんアメリアの元気がなくなってく気がして」

「そんなこと、ないよ……」


 後悔しているのは、自分のしてしまった過ちに対してだが、そんなアメリアの不安定な気持ちを察して、レオンも不安を覚えていたのだと知り、さらに罪悪感でいっぱいになる。


「オレたちってさ、ガキの頃からずっと一緒だったし、いきなり恋人になって戸惑う気持ちもあるかもしれないけど……ゆっくり新しい関係を築いていこう」


「っ……」


「これからは、オレがアメリアを守るから。世界で一番大切にするから」


 ――だから、これからもずっと一緒にいよう。


 まるでプロポーズのような言葉を言われた瞬間、耐えられなくなったアメリアは椅子からガタンと立ち上がった。


「…………ごめんなさい、わたし」

「アメリア?」

「……わたし、レオンにそんなふうに言ってもらう資格、ないの」

「資格?」


「わたしは、悪い魔女だから……レオンに大切にしてもらう資格なんてないっ」

「お、おい!」


 突然のことに驚いている彼を置いて、アメリアは店を飛び出してしまった。

 自分で撒いた種なのに、耐えられなくなって逃げ出したのだ。


 自分はなんて身勝手で弱虫で愚かなのだろう。


 逃げ出したって、行くあてなどない。

 寮に戻って引き篭もって、そうしたらきっとレオンはまた、壁をよじ登って窓からアメリアに会いに来るだろう……。


(やっぱり、もうダメだ。おわりにしよう)


 レオンが会いに来てくれたら、全てを打ち明けようと決意する。

 そして、デールに相談してみよう。賢者のデールならば、不可能と言われた媚薬の解毒剤も作れるかもしれない。


 自分を信頼してくれていた数少ない二人に、軽蔑され罪にだって問われるだろうけど、それは自業自得だ。


 大好きだったレオンの笑顔を見るたび、後悔と息苦しさで死んでしまいそうになるよりマシだ。






 だが、女子寮まで走って帰ってきたアメリアは、寮の前に佇んでいる誰かに気付き立ち止まる。


「アメリアさん、待っていたのよ。ちょっといいかしら」

「エリカさん……」

 綺麗で冷たい笑みを浮かべ、有無を言わせぬエリカの雰囲気に、アメリアは仕方なく頷いたのだった。

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