17歳 ちぐはぐな恋人

第27話

 王家主催の社交界が終わった翌週、レオンは冴えない気持ちで教室の窓から、流れる雲を眺めていた。


(やっぱり、いつまでもこのままじゃよくない……てゆーか、オレが限界だ)


「ね、ねえ、レオン」

「ん?」

 考え事をしていたレオンが、窓の外から視線を教室に向けると、そこにはエリカがいた。


「なんだよ」

「う、うん……あの、さ」

 いつも威勢の良いエリカが、珍しくしおらしい。

 なぜか俯きがちにもじもじとしている。  


「こ、今度の休日って、ヒマだったりする?」

 上目遣いで頬を赤らめるエリカを不思議に思いながらも、レオンは答えた。


「今度の休日は、セオドアと遊びに行く約束してるけど」

「あっそう、ならいい!」

「え、おい!」

 急にいつもの調子に戻ったエリカは、しおらしい態度を止め頬を膨らませ走り去って行く。


「なんだ、アイツ」

「いや、明らかに今の態度は、デートのお誘いだっただろ!」

 首を傾げるレオンに突っ込みを入れるように、勢いよくクルトがやってくる。


「デートって、まさか」

 いつも、デリカシーがないとか、大嫌いと連呼してくるエリカに限って、ありえないとレオンは思った。


「どんだけ鈍感なんだよ、レオン!」

 クルトは、そんなレオンを見てじれったそうにしているが。

「鈍感……だから、ダメなのか。オレ」

「へ? どした、急に」

 珍しく落ち込んだ顔をしているレオンに、クルトが戸惑う。


「女心が分かんねぇ」

「そりゃ、この世の大多数の男が分かってないんじゃないか?」

「でも……気持ちは、固まった」

「さっきから、なんの話?」


「オレ、アイツに告白する」

 覚悟を決め、そう宣言したレオンに、クルトは「おぉ!」っと喜びの声をあげた。


「ついに覚悟決めたか!」


「ああ、どうなるか分からないけど、言わない方が後悔するって思ったら、なんか吹っ切れた」


「レオンー! よく言った! ていうか、どう考えても絶対両想いだから安心しろ!!」


「そんなの分からないだろ。でも……上手くいったら、改めてオマエらにも紹介するよ。ずっとオレが好きだった子」


「うんうん、楽しみにしてるぜ! 応援してる!!」


 友人に背中を押され、レオンは照れ臭そうに笑った。



◇◇◇



「ついに、完成しちゃった……」


 夜。寮の自室にて。

 ベッドに腰掛け、アメリアは複雑な表情で、掌の上に乗せた小瓶を見つめていた。


 瓶の中には、ユラユラと揺れる薄紫の液体が入っている。媚薬だ。


 あの夜、結局アメリアは禁書を持ち出すことはしなかったけれど、一度見ればレシピは頭の中に入ってしまっていた。

 そしてそれを再現するのも、アメリアには容易いことで……。


 コツコツ。


「きゃっ」


 突然、窓の方から物音がしてアメリアが飛び上がる。

 ここは二階だ。だから窓の外に人がいるわけないのだけれど……。


 コツコツコツ。


「アメリア、早く開けて!」


 前にもこんなことがあった。アメリアが慌てて窓を開けると、やっぱり予想通り、レオンがよじ登って部屋の中へと入ってくる。


「レ、レオン、こんな時間にどうしたの!?」

「話があって……この前は、ごめん」

 昔もケンカの後、こうして仲直りをしに、彼が会いに来てくれたのを思い出す。


 懐かしい思い出の彼と、あの頃より大人になった彼の姿が重なって、アメリアの胸の奥がきゅっと切なく締め付けられた。


「……とりあえず、座って?」

「ああ」

 アメリアに促され、レオンは椅子に腰掛ける。それを横目で見ながら、アメリアは紅茶を入れにキッチンへと向かった。


 手の中にある小瓶を握りしめながら……。






 話があると言いながら、レオンはそれをなかなか切り出すことなく、無言で出された紅茶を飲んでいた。


 それが媚薬入りだとは思いもせずに。


 アメリアは、ドキドキしながら彼が紅茶を飲み干すのを待つ。


 やがて、残りわずかだった紅茶を一気に飲み干したレオンが、ふぅっと深く息を吐きながら空になったカップを置いた。


「あのさ、アメリア……」

 覚悟を決めたように、こちらを見つめるレオンの顔は真剣だった。


 何を言われるのだろう。やはり、エリカと付き合うことになったから、もう二人きりでは会えないと言いに来たのだろうか。


 けれど、もはやそんなことどうでもよかった。


「待って、レオン。わたしも、レオンに話があるの」

 レオンの話を遮るようにそう言うと、彼は黙ってこちらを見返す。


(大丈夫……大丈夫……わたしの薬は完璧よ)


 バクバクと暴れる心臓に手をあて、そう心の中で自分に言い聞かせ、アメリアは伝えた。


「わたし、レオンのことが好き……」

「…………は?」


 アメリアの告白を聞いて、レオンはきょとんとしていた。

 まだ媚薬が効いていないのだろうか。心配になりながらもアメリアは続ける。


「好きなの、レオン。だから、これかれもわたしの側にいて? 離れないで?」

「…………」


「わたしのことを、好きになって、お願い」

 見つめ合いながら、アメリアはそう告げた。

 薬の効力は、見つめ合って想いを告げることにより発動する。薬を飲んだ相手は、最初に想いを告げてきた相手の気持ちに同調し、持続的な錯覚を起こすと書かれていたから。


 だが、縋るようなアメリアの懇願に、レオンは固まったままなにも応えてくれない。


 本来なら、すぐに薬の力が発動するはずなのだが……。


「レオン?」

「っ……ちょっと待ってくれ」

 一気に赤くなった顔を隠すように口元に手をあて、レオンが横を向く。


 まさか薬に変な副作用でもあっただろうかと、慌てたアメリアは立ち上がり、向かいに座るレオンに近付いたのだが。


「レオン、大丈っ、わぁ!?」

 伸ばした手を掴まれたかと思うと、そのまま引き寄せられアメリアは、レオンに抱きしめられた。これでもかというほどに強く。


「……オレも」

「え?」

「オレも、アメリアの事が好きだ」

「っ!」


「やばい……嬉しすぎて、オレ、どうにかなりそう」

 隠しきれない喜びを伝えるように、レオンはアメリアを強く抱きしめたまま、何度も「好きだ」と繰り返す。


「好きだよ、アメリア。ずっと、好きだった」


 欲しかった言葉を何度も伝えてくれる声を、目を閉じ聞きながらアメリアは思った。


 どうやら媚薬が効いたみたいだ、と……。

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