第28話

「なあ、たまにはさ、こんな埃っぽいところじゃなくて、中庭に行こうぜ」

「でも……」


 晴れて(?)恋人同士となった翌日の昼時、アメリアはいつも通り薄暗く人気のない階段に座り、サンドイッチを食べていた。


 すると珍しくそこへやってきたレオンは、自分もサンドイッチを買ってきて、アメリアの隣で食べ始めたのだが、やはりこの場所で食事をとるのに抵抗があるらしい。


「たまにはいいだろ。食堂よりは、人でごった返してないだろうし」

「それでも同じだよ。中庭でお昼を食べる人だってたくさんいるでしょう?」


 二人でいるところを見られたら噂されちゃうから、とアメリアはいつものように人目を気にする発言をした。

 だが、いつも「そうだな」と納得してくれていた彼が、今日は違った。


「いいだろ。もう二人でいるとこ見られたって」

「え……」

 真顔でそんなことを言ってきたレオンに、アメリアは驚く。


「よ、よくないよ。一年生の時のこと忘れたの?」

 あの事があったから、レオンも同じ噂がたたないよう、徹底してくれていたのだと思っていたのだけれど。


「あの時は違ったけど、もう本物の恋人になったんだから、周りからなに言われたっていいだろ。それでもし、オマエになにかしてくるやつがいたら、オレが守るから」


 真っ直ぐな目でそんな風に言われてドキリとした。

 守ってくれるのは嬉しいけれど、やはりアメリアは気が乗らない。


 それは媚薬を使った後ろめたさからでもあったし、どう足掻いてもレオンの隣に並ぶのに相応しくない自分を、思い知らされることへの恐れもある。


「……わたしは、今まで通りここでお昼を食べるのがいい」

 そして今まで通りの二人の時間がずっと続けばそれでいい。そう思っているのに、レオンは腑に落ちないといった表情をしていた。


「なら、今日はここでいいけど……あ、そうだ。放課後、空いてるか?」

「急ぎの用事はないよ」

 王立研究所に行こうと思っていた。でも。


「じゃあさ、デートしようぜ」

「っ!」

 レオンに満面の笑みでそう誘われて断れるはずがなく、アメリアは予定を変更して頷いたのだった。



◇◇◇



「アメリア!」

「っ!」


 放課後、レオンと約束をしていたアメリアは、こういう時にいつも待ち合わせしている、城下街にある時計塔広場へ向かおうと思って教室を出た。


 だが、レオンと廊下でバッタリ鉢合わせ声を掛けられる。


「ど、どうしたの?」

 一目が気になり、アメリアは戸惑う。

「迎えに来た」

 一緒に学園を出ようと言われ、ますます困惑した。

 すでに通りすがりの生徒たちがこちらをチラチラと見て様子を伺っているようだ。


「い、いつもの待ち合わせの場所で会いましょう」

「なんで?」

「な、なんでって、いつもそうだったし……お昼も言ったけど、二人でいるところを見られたりしたら困るでしょ」

「考えすぎだろ。誰も気にしないよ」


 放課後には、いつも楽しそうに談笑しているカップルが、チラホラといる。

 特に恋愛禁止の校則もないこの学園では、日常の風景なので、普通の生徒同士ならば、誰も気に留めはしないだろう。


 しかし、レオンは普通の学生たちとは違うのだ。ただでさえ、そこにいるだけで注目を浴び目立つのに、自分なんかと一緒にいたら……。


「ほら、早く行こうぜ」

「う、うん……」

 結局レオンに押し切られ頷いてしまったが、アメリアは嫌な予感しかしなかった。






 そして、アメリアのその嫌な予感は、あっという間に的中する。


「きゃあ、見てレオン様よ」

「素敵〜……でも、あの隣にいる方は誰?」

 周りからの声が聞こえるたびに、内心ビクビクする。


 自意識過剰かもしれないが、一年生の時のことを思い出し、クスクスと聞こえる笑い声は、全部自分が嘲笑われているような、そんな気分にさせられるのだ。


 自分が笑われるのはまだいい。けれど、また趣味が悪いだの、魔女を連れて歩いてるだの、レオンまで巻き添えで笑われるのは耐えがたかった。


「なに、あの子。見たことないけど」

「確か、魔術科にいた子だった気が……」


「よりにもよって、なんであんな子と一緒に」

「ははは、レオン、あの子に弱みでも握られてるのか?」


 聞こえてくる生徒たちの声と注目に耐えられなくなり、アメリアは一歩レオンの後ろに下がって距離を取ろうとした。


 けれど、その時。


「っ!」

 レオンが、ぎゅっとアメリアの手を握り、自分の方へ軽く引き寄せる。

 まるで離れようとするなとでも言いたげに。


 そして困り顔のアメリアが慌てて引っ込めようとした手を持ち上げ、チュッと手の甲にキスをしてきた。


「っ!?!?!?!?」


 これには周りからヒューっと口笛を鳴らし、二人を囃し立てるような声もあがる。


「レ、レオン!? なにをっ」

「外野がうるさいから見せつけただけ。オレたちが恋人同士だってこと」

 艶っぽく微笑まれ、アメリアは赤面したまま黙り込んでしまった。


 レオンは、こんなことを人前でする人だっただろうか。いや、今までの彼なら考えられない。


 だが、周りからの視線など全く気にしないレオンは、手を離さないまま歩きだす。


「よう、レオン、その子誰だよ?」

 そして、レオンの知り合いらしい男子数名に、すれ違いざま声を掛けられるたびに。

「オレの恋人」

 と、なんの躊躇いもなく宣言して平気で惚気けたりもする。


 そのたびに、どんな女性に言い寄られても、難攻不落だったあのレオンが、と彼らも驚いていた。


 アメリアも驚いた。そして困惑した。


 今まで恋愛なんて興味ないような素振りだったのに、こうまで好意を隠さず見つめてくる熱っぽい眼差しや、積極的な言動をするレオンの変わりように……。


 どうしよう。『媚薬』の効果が強すぎたのかもしれない、と。



◇◇◇



「ねえねえ、聞いた? レオン様に恋人が出来た話」

「聞いたわ。お相手がエリカさんじゃなかったことが意外ね」


「そう? 前からレオン様は別にエリカさんのこと、特別扱いしてなかったじゃない。彼女の取り巻きたちが、公認カップルだって勝手に言いふらしていただけで」

「そう言われてみると……」


 聞こえてきてしまった嫌な噂話に眉を潜め、エリカは踵を返した。


 今、学園中どこへ行ってもこの噂で持ちきりだ。

 女子生徒たちの憧れの的だったレオンに、恋人ができた。それも、相手はエリカではなかったと。


 恋人面していたのに振られたみたいよ、なんて心ない事を言う人もおり、不愉快でしかたない。


(なんで、あたしがレオンに振られたことになってるの!!)


 振られた覚えはない。告白だってまだしていなかったのだから。それに……。


『レオンが、やっとエリカに告白するって言ってたみたいよ!』


 キャサリンからそんなことを聞いて、いつ告白してくる気だろうとソワソワしていた。だがそんな次の日に、突如突きつけられた現実に、エリカは納得いかないことばかりだった。


 それなのに、外の空気を吸って気分転換しようと中庭に出れば、偶然にも並んで歩くアメリアとレオンを目撃してしまい、ますますエリカの気分は悪くなる。


 いつものように俯きがちなアメリアの隣で、レオンは幸せそうに笑っていた。

 まるでアメリアが愛おしくて堪らないと言いたげな眼差しで。


「バッカみたい!!」

 つい先日まで、恋愛なんて興味なさげだったレオンが、人前であんなにデレデレした顔をするなんて。


 それも相手は、冴えないただの幼馴染みだったはずのアメリアだなんて。


 マグマのように渦巻くこの感情を、どこにぶつけていいのかわからず、エリカはプイッと二人から顔を背け中庭を後にしたのだった。






 放課後になり、学園にいても気が滅入るので、エリカは教会へ向かい祈りを捧げていた。


 ここなら嫌な噂も耳に入ってこない。


「こんにちは、お嬢さん」

「っ!?」


 突然声を掛けられた瞬間、エリカは驚いて飛び上がる。

 声を掛けてきた人物は、まるでエリカの心の奥底まで見透かしているような、不気味な笑みを浮かべていた。

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