第25話

「ごめんなさい、雰囲気を悪くしてしまって」

「ううん、気にしないで。あたしなんて、レオンとしょっちゅう言い合いしてるし」

「…………」


 そうですね、とも言えずアメリアはおとなしく、バルコニーの柵に手を掛け一息吐いた。


「なにがあったのかは知らないけど、あいつも悪気はないのよ。ちょっとデリカシーがないだけで。だから許してやって?」


 悪気がないのはわかっている。むしろ、いつもアメリアがなにをしても、大抵は笑って許してくれる彼を怒らせてしまったのだ。


 自分の方こそ、デリカシーのないことを言ってしまったのかもしれない、と心配になった。


「わたしが悪いんです、きっと……」

「そんなことないって。あとで、あたしからも言っとくからさ」


「ごめんなさい、エリカさんにも気を遣わせてしまって」

「気にしないで。それより、せっかくカインさんと社交界に来たんでしょ。楽しまなくちゃ。あたしたち、応援してるんだから」


「応援?」

 別に応援されるようなことはなにもないのだけど。


「さっきもね、レオンと話してたの。アメリアさんとカインさんのこと、お似合いだねって」

「…………」

 エリカの明るい声音が、ガツンとアメリアの心を抉った。


(レオンが、わたしとカインさんを応援?)


 好きな人に、他の男性とお似合いだと思われていたなんて……悲しい。


「二人でいる時、とっても良い雰囲気だったわよ」

「違います……わたしとカインさんは、そういう関係じゃないです」


 今日はアメリアの相手が見つからなかったため、付き合ってくれただけだと、アメリアは伝えたのだが。


「でも、お互い独身同士なんだし、まったく意識してない相手を、パートナーにはしないでしょう?」

「いえ、本当に違うんです」

「そんなに恥ずかしがらなくても」

「…………」


 いくら説明しても、アメリアがカインを好きだというように話を持っていこうとするエリカの態度に、アメリアは徐々に苛立ちを覚えた。


 なんだろうこの気持ち。この息苦しいぐらい、重たくドロドロとした感情は……。


「じゃあ……エリカさんは、レオンを意識してるから、いつもパートナーに選んでるんですか?」

「えっ!?」


 アメリアが震えそうな声をなんとか抑えて聞くと、エリカは一気に頬を赤らめた。


「べ、別にあたしはそんなんじゃ!?」


 それは、はたして本心だろうか。

 いつもこの人は、そうやってはぐらかすけれど、その態度はなんとも思ってない人の顔じゃない。


「周りが勝手にお膳立てしてくるから、今日だって仕方なく」


 その言葉を聞いた瞬間、アメリアの中でなにかが弾けた。


「じゃあ、今度からは、他の人をパートナーに選んでください。周りからこれ以上誤解されないように」

 自分でも驚くほど冷たい声が出た。


 そして自覚する。エリカを見てると、いつも胸の奥で苦しいぐらいにドロドロとした感情が渦巻く理由を。


 自分はいつもエリカに嫉妬しているのだと。


 レオンと社交界に出てることを、当たり前のように思っている彼女が。

 人目を気にせず、レオンの隣にいつもいる彼女が。

 そしてレオンとの関係を、周りから応援され祝福されている彼女が。


 全部全部、それはアメリアが心の奥底で求めて、けれどそんなふうには振舞えなくて、手に出来ないと諦めていたモノだったから。


「わたしが好きなのは、レオンです。カインさんじゃない。今日だって、本当はレオンと一緒に社交界に出たかった」


 ハッキリと、真っ直ぐとした目をしてアメリアはエリカに言った。


 エリカは、気まずそうにアメリアから視線を逸し黙り込む。

 二人の間に沈黙が落ちた。


 エリカが先程まで言っていたことが本心だったなら、あっさりと「じゃあ次回からは、違う相手を選ぶわね」と言えばいい。


 けれど、アメリアの予想通り、暫くして口を開いたエリカの返答はそうじゃなかった。


「ごめんなさい、アメリアさん。あたしたちが、いつまでも曖昧な関係でいるせいで、あなたのこと苦しめていたのね」


 どういう意味だろうかと、アメリアは最初分からなかったが、エリカは構わず話続ける。


「でも……今のアメリアさんの言葉で、ようやく自分の本当の気持ちが分かった。あたしも、レオンのことが好き」


 驚きというようは、やっぱりとしか思わない。


「いつもレオンの方から告白してくれるなら、付き合うのにって思ってた。そういうのは、男からするものでしょって! でも、あたしがそんな態度だから、あたしたちいつまで経っても前に進めなかったんだと思う」


エリカは、気分が高揚しているのか饒舌に話し続ける。


「でも、もうそれもおしまい。あたし、あいつに告白するわ。素直になって、ちゃんと自分の気持ち伝えてみる。……あいつから言ってこないのは、やっぱりちょっとだけしゃくだけどね」


 だから応援してね! とでも言うように、話し終えたエリカはスッキリとした顔付きで、とっとと会場へと戻っていってしまった。


「え……」


 呆然としたアメリアだけバルコニーに残される。


 これは、どういうことだろう。

 まさか自分は、不本意にも彼女の背中を押してしまったのだろうか。


 エリカが告白したらレオンは……?






 そこからアメリアは、その日のことをあまり覚えていない。


 ただレオンは、ケンカしてからアメリアの方を見てもくれなくて、ずっとエリカと遠くの方で笑い合っていた。


 二人はやっぱりお似合いで、もうレオンは自分なんかじゃ手の届かない存在になってしまうのかもしれないと思うと、呼吸が苦しい。

 胸が押しつぶされてしまいそうだ。


(行かないで、レオン……どこにも行っちゃやだよ……)


 アメリアは、まるで迷子になった子供のように心細い気持ちで、何度もそう願っていた。


 そのうち、立ち尽くしてずっと二人を見ていたアメリアを気遣うように、カインに「そろそろ帰ろう」と声を掛けられ、その日は会場を後にしたのだった。

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