第24話

 王族との挨拶などもちろん初めてだったアメリアは、緊張でどうなることかと思っていたが、声を掛けてくださったのは優しげな老紳士だった。


 老紳士はこの国の国王陛下の従兄弟にあたる公爵であり、将来有望な若者たちに交流の場を作ったり、支援する活動に力を入れているのだと言う。


 アメリアの功績を称えこれからも応援していると言われ、数分話しただけで軽い挨拶の時間は終了した。


 この機会に公爵と面識を持ちたがっている面会希望者が大勢いるため、時間が限られているのだ。人見知りなアメリアにとっては、そんな短い時間制限がありがたかったのだが、隣にいたのに一言も公爵と会話をする間がなかったカインは、残念そうな顔をしていた。


 アメリアとしては、大事な挨拶をやりとげたので、もう帰ってもいいだろうかとソワソワした気分だったのだが。


「アメリアさん!」

 声を掛けられ振り向くと、笑顔のエリカとなぜか若干不機嫌そうなレオンがこちらにやってきた。


 戸惑う間もなく、エリカに改めてパートナーの男性を紹介してと頼まれ、アメリアはカインをお世話になっている錬金術師なのだと紹介した。


「はじめまして、カインさん。あたしたち、アメリアさんの学友なんです」

 物怖じしないエリカはそう言って、自らもカインに自己紹介をしようと思っていたようだったが。


「はじめまして、貴女のお噂はかねがね」

 エリカはきょとんと不思議そうな顔をする。

「ふふ、貴女はもっとご自分が、注目の的であることを自覚した方が良い」

「え?」


「今いる聖女候補、その中でもこの社交界に呼ばれた数人は、もはや聖女になる最終選考に選ばれたようなもの。嫌でも注目を浴びる存在だ」


 エリカは、自分より優秀な人はたくさんいるので……と謙遜しているが、聖女はこの国では数少ない女性が着ける花形職だ。

 注目の的の一人であることは間違いない。


「聖女候補とお話できる機会をいただけて、光栄ですよ」

「ありがとうごさまいます!」


 会話を始めた二人の傍らで、この雰囲気じゃまだしばらくは帰れなさそうだと内心どんよりしていると、そんなアメリアの隣へさりげなくやってきたレオンに、軽く小突かれた。


「今、早く帰りたいって思ってただろ」

「うん、ちょっとだけね……」

 ちょっとした表情の変化で、ここまでアメリアの気持ちを察してくるのは、レオンぐらいだろう。


 顔をあげると改めて見る正装姿のレオンは、眩しいぐらいに格好いい。


 大人っぽくてうっとりするような男振りで……アメリアは、やっぱりレオンに、パートナーを頼まなくてよかったと思う。


 こんなに素敵な人の隣に、自分は相応しくない。堂々と隣に立っていられるエリカのように、自分はなれない。


 そんな気持ちから、また一歩だけ無意識で距離を取ったアメリアの態度に、レオンが眉をしかめる。


「さっきから、なんでそんなよそよそしいんだよ、オマエ」

 そういいながらレオンは、一歩アメリアに詰め寄る。


「別に……」

 レオンが格好良すぎて直視できないなんて言えなくて、アメリアは俯きながらまた一歩後退る。


「どう見てもよそよそしいだろ」

「そんなこと……」

「……カインさんに、オレとの関係を誤解されないため、とか?」

「え?」


 レオンの呟きは、自信なさげで小さくてよく聞き取れなかった。


「いつも、オレといる時は、コソコソ誰にも見られないよう警戒するくせに、カインさんとはいいのかよ。誤解されても」

「誤解って……カインさんとわたしは、そんなやましい関係じゃないし」


 変な気を使わなくたって、誰も自分とカインが男女の仲で社交界に参加しているなんて、考える者はいないだろうとアメリアは思っていた。


 だけど、アメリアがそう答えた途端、レオンはひどく傷ついた顔をした。


「なんだよそれ……じゃあ、オレとの関係は、オマエにとって誰にも知られたくないほど、やまいし関係ってこと?」


「違っ、そういう意味で言ったんじゃない!」


「じゃあ、どういう意味だよ。カインさんとは、噂されても良いって思ったってことだろ!」


「そんなこと、考えてもないよ」


「こういう場に男女で来て、誤解されないわけないだろ! それぐらい考えろよ」


「ならっ……」


 ――なら、レオンだって、こういう場へエリカさんに同伴してるのは、彼女となら誤解されてもいいと思っているってこと?


 そう言いたくなったけれど、アメリアは言葉を飲み込んだ。


 現に二人は噂されている。公認カップルのように扱われている。それでも、今日だってレオンは、エリカと社交界に来たのだ。


 ならば、そういうことなのかもしれない。と思ってしまったら、なにも言えなくなる……。


「なんだよ、途中でやめるなよ」

「なんでもない」

「なんでもなくないだろ。なにか言いたそうな顔してる」

「なんでもない!」


 アメリアの声にエリカとカインがこちらに振り向いた。


「どうしたの、アメリアさん」

「あ、わたし……」

 こんなところで険悪な雰囲気を出してしまうなんて、自分はなにをやっているんだろうと、自己嫌悪がアメリアを襲う。


(どうしてわたしって、こんな可愛くない態度しか取れないんだろう……レオンと喧嘩なんてしたくないのに……)


「……少し外の空気を吸ってこようかしら、ね。アメリアさん」

「あ、おい!」

「レオンは、カインさんとおしゃべりしてて」


 引き留めようとしたレオンを制し、エリカはアメリアを先程の人気の少ないバルコニーへと誘ったのだった。

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