第22話

 今まで避け続けてきたアメリアにとっての社交界デビューの日がやってきた。


 カインが用意してくれたシックな黒のドレスを身に纏い、姿見の前に立ってみたが、どうもしっくりこない感じがした。


 大人っぽいデザインのドレスと、野暮ったい雰囲気のアメリアでは、ミスマッチなのかもしれない。というか、こんな重たい前髪じゃどんなドレスも似合わないだろうなとは、アメリア自身も気づいているのだが。


(でも……よりにもよって、パーティーに前髪を切って参加するなんて……むり。むりむり)


 大勢の人の前で、この赤い瞳を晒す勇気は、まだ今のアメリアにはもてなかった。


「髪型はいかがいたしますか?」

「あ……このままで」

「え! それは困りますわ、お嬢様」

 支度を手伝ってくれたカインの家のメイドが、困惑した表情を浮かべている。


 そして、カインに言われわざわざ学園の寮まで出向いてきたのに、このままの格好で会場にお連れするわけにはいきません、と言われてしまった。


「せめて前髪をアップにして化粧も……ひっ!?」

「っ」

 抵抗する間もなくメイドに前髪を上げられ、ばっちりと目があった途端、メイドは顔をひきつらせ一歩後ろに下がった。


「え、えっと……随分と珍しいお色の瞳をしているのですね」

「……前髪をあげたら、会場にいる方たちにも、今みたいに驚かれてしまうと思うんです」

 だからこのままでお願いと伝えると、なにも言わずメイドは頷いてくれた。


 やはり誰も好き好んでこんな目を見たくないのだ。

 悪魔や魔女を連想させる赤い瞳など……。






 馬車に揺られ待ち合わせの場所に到着すると、先に着いていたカインと合流した。


「おや、そのままで来たのかい?」

 ドレスコードは守っているものの、野暮ったいまま現れたアメリアを見て、カインは若干眉をしかめ付き添ってくれたメイドを見遣る。


 メイドは少し困った表情を浮かべた後、カインの耳元でヒソヒソとなにかを伝えているようだった。


 カインは驚いた表情でこちらを凝視してきた。


 きっとメイドに、アメリアの瞳は不吉な赤色で、大勢の前で見せない方がよいとでも説明したのだろう。それ以上はなにも追求してこなかった。


「では、行こうか」

「はい、今日はよろしくお願いします」


 ここまできたらもう逃げられないと、アメリアは腹を括って会場へと足を踏み入れたのだった。






「まぁ、カイン様お久しぶりです」

「やあ、お元気でしたか?」

 会場に着くと、カインの周りには沢山の知人たちが挨拶にやってきた。

 やはりカインは、王立研究所のエースであり、デールの右腕として周りから期待を掛けられているようだ。


 そんなカインの隣にちょこんと佇む、華やかな場には似つかわしくないアメリアの存在に、訝しげな顔をする者もいる。


「カイン様、そちらのご令嬢は?」

「まさか、ついにご結婚なさったのですか?」

「違いますよ、彼女は……社会勉強として連れてきた、私の研究所の見習いです」

 そうですよねとカインに促され、アメリアは遠慮がちに頷く。


 カインは、あまり注目を浴びたくなかったアメリアの気持ちを汲み取ってくれたのか、アメリアについての情報はぼかして紹介してくれた。


「そうでしたの。カイン様は人材の教育にも熱心なのですね」

「ええ。私の使命は、錬金術という匠の分野の、さらなる発展ですからね」


「そういえば、最近即効性の高いポーションの生成に成功した若者が、そちらの研究室にいると聞いたのだが」

 是非会ってみたいものだ、と年配の男性が口にすると、周りにいた貴族たちもその話に興味津々といった様子を示す。


「わたくしは、その若者が本日ここに来ると聞いていたのですけど、ご紹介していただけませんか?」

「ええ、もちろん。アメリア君、改めて皆様にごあいさつを」


 アメリアは、この雰囲気の中名乗り出たくはなくて及び腰だったが、これ以上は隠せなさそうだと察したカインに促され、仕方なく一礼をして名乗り出る。


「お、お初にお目にかかります。アメリアと申します」

 周りにいた貴族たちは「「えっ」」と声を揃え、なんとも言えない表情と視線をアメリアに向けた。


 アメリアは、いたたまれなくなって、今すぐこの場から逃げ出したくなるのを耐える。


「まあ、驚きましたわ……その、こんなに、若いお嬢さんだったのですね」

「あ、ああ、本当に。なかなか情報がないもので、勝手に男だと思っていたよ」


 そう言いながらも、貴族たちが本心で驚いているのは性別云々ではなくて、野暮ったく華もなく、王立研究所の新星と言われている若者とは、あまりにもイメージの掛け離れていたアメリアの雰囲気にだろう。


「彼女はとても研究熱心な生徒でして。いつも、頑張ってくれているのです」

 恐縮してしまっているアメリアをさりげなく庇うように、カインはそう言ってくれたけれど、アメリアは少しでも早く注目から逃れたい気持ちでいっぱいだった。


「まあ、それではカイン様が彼女の指導を? 例のポーション生成にも、カイン様が一枚噛んでいらっしゃるのね!」

「え、いえ、それは……」

「さすが、カイン様!」

 気がつけばカインの周りには、彼を称賛する人集りができていた。


 カインはアメリアの様子を伺っていたが、これ以上注目されたくなかったアメリアは、会話に加わることもせず、カインの後ろにさりげなく隠れる。

 そんなアメリアの態度で察したのか、カインもアメリアが会話の中心にならないよう、話をこちらに振らないよう対応してくれた。


 やがて、会話はカインの功績の話へとなり、もう誰もアメリアに関心を持っている人もいなさそうだ。

 内心ほっとして、こっそり一息吐こうと、アメリアは人気の少ないバルコニーを見つけそこへ向かうことにした。






(ふぅ、なにもしてないのに疲れた……もう、帰りたい……)


 そんな本音を心の中だけで呟きながら、バルコニーへ出たアメリアだったが。


「きゃっ!」

「おっと……アメリア!?」

「え?」


 ぶつかった弾みによろけてしまったアメリアの体を、腰に手を当て支えてくれた男性の声は、なぜだかとても聞き覚えがあった。


 驚いて顔をあげると、見惚れる程端正な顔立ちが間近にあって、心臓が跳び跳ねる。


「レ、レ、レオン!?」


 いつもと違って正装を身に纏う彼は、まさに物語の中から出てきた騎士のようで……アメリアは動揺を隠せず視線を泳がせながら、一歩レオンから距離を取ったのだった。

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