第21話

 ここから王立研究所までの距離はそう遠くない……のだが。


 アメリアにとって、今日はいつもの道のりが長く感じた。


「そうそう、この前もね」

「…………」


 先程からエリカが話すのは、この前友人たちと何をしたとか、どこに行ったとか、そういった何気ない話なのだが、共通の友人がいないアメリアには分からない事も多く、結果的にレオンとエリカのやり取りを、聞いているだけの時間が続くばかりだ。


 そんなこと思っても仕方ないと分かってはいるのだけれど、二人が普段どれだけ一緒にいるかを、目の当たりにさせられているような気分になってきて息苦しい。


 一見エリカは、レオンへの愚痴を言っているようだが、本気で彼を嫌っているようには見えない。

 なんだかんだ言いつつも、とても楽しそうだ。


 そんな光景がアメリアの気持ちを、余計にモヤモヤとさせた。


「ほんとレオンって、女心をわかってないんだから。ねえ、アメリアさんもそう思うでしょう?」

「えっ」

 突然話を振られアメリアの声が裏返る。なんの話だか、途中からまったく聞いていなかった。


 シドロモドロになりながら顔を上げると、エリカだけじゃなくレオンまでが真剣な顔つきをして、アメリアの返答を待っていた。


「そんなことはないと……」

「えー! 気を使わなくていいのよ! レオンなんていーっつもあたしのこと怒らせてばっかりなんだから」


「オマエだって、いつもオレには喧嘩腰だろ」

「なによその言い方! アメリアさん、この態度どう思う?」


「えっと……喧嘩するほど仲が良いって言いますし……」


「やだぁ、アメリアさんまでそんなこと言うの。あたしたち、そんなんじゃないんだってば」

 と言いつつ、エリカは周りからそう言われるたびに満更でもなさそうな顔をしている。


 今もだ。まるでアメリアから、そう言われるのを待っていたかのような反応に、モヤモヤしたけれど、自分の考えすぎかもしれない。


 そんなふうにエリカを見てしまう自分は、とても嫉妬深くてひねくれすぎているのかもしれないと思うと、今度は自己嫌悪まで襲ってきて、ますますアメリアの気分は重苦しくなる。


(早く……研究所に着いてくれないかな)


「はぁ、来週末は、とある社交界に招待されてるから、レオンと行くことになってるんだけどね。また、馬子にも衣装とか言ってあたしのことバカにしてくる気でしょ」

「そんこと、言ったことないだろ」


「来週末……」


 聞いた瞬間、アメリアの頭の中が真っ白になった。


 先約があるんじゃ、もうレオンにパートナーをお願いすることはできない。


「オレと行くのが嫌なら、他の相手誘えばよかっただろ。オレだって暇じゃないんだ」

 嫌々行くような態度のエリカに、レオンが呆れ顔で言う。


(そうだよ……そんなにレオンが嫌なら、他の人と行ってくれればいいのに)


 そうしたら、自分がレオンを誘えるのにと、アメリアは思ったのだが。


「あ、あたしは、別にいいって言ったのに。キャサリンたちが、レオンと行ってこいって張り切っちゃって。仕方なくこうなったの!」


 そんなエリカの態度を見て、本当に乗り気じゃないなら、わたしに譲ってほしいと、アメリアはジリジリ胸が焼かれるような気持ちになった。


 でも、そんなこと、たくさんの友人に応援されていることを、楽しそうに話すエリカに言う勇気はない。


「あ、もう王立研究所に着いたのね。あっという間だったわ」

「……あまり根詰めすぎるなよ」


 二人は一度振り返りアメリアに手を振って、再び並んで歩き出す。


 その後ろ姿を、真っ黒な気持ちになりながら、アメリアはしばらく見つめていた。






「…………」


 二人と別れた後、アメリアは寄る予定のなかった研究室に着いたものの、せっかくだからと、今日も自分のデスクに積み上がる書類を処理してから寮へ戻ることにした。


 しかし作業に集中しようとしても、先程から並んで歩いて行ったレオンとエリカの姿が脳裏に浮かび、作業も進まない。


「はぁ……来週までにパートナーが見つからなかったらどうしよう」

 レオンがダメならば、頼めそうな相手などアメリアには一人もいなかった。


 デールに頼んでみようかという考えが過ったが、賢者様に自分のパートナーを頼むなんて恐れ多すぎると、すぐにその考えは却下した。


「もしかして、来週末に行われる社交界のパートナーが、みつからないのかい?」

「ひゃあ!?」

 突然声を掛けられ、考え事をしていたアメリアは飛び上がる。


 ひっくり返しそうになった書類の束を、手で押さえて止めてくれたのは、カインだった。


「驚かせてしまったかな。すまない」

「い、いえ。こちらこそ、すみません」

「……偶然聞こえてきてしまったんだが、パートナーが見つからなくて困っているのかい?」


 無意識に大きな独り言をしてしまっていたことが恥ずかしくて、アメリアは少しだけ頬を赤らめながら頷く。


「お恥ずかしいのですが、こういうことを頼める知人がいなくて……」

 カインは「ふむ」と少し考える素振りを見せた後。

「ならば、僕がエスコートしようか?」

 と、申し出てくれた。


「え、いいんですか?」

 まさかカインが名乗り出てくれるとは思っておらず、アメリアは驚いた。

 彼は研究所で上の立場にいる人なので、とてもアメリアの方から気軽に、そんなことを頼める相手ではなかったのだが、そんな彼の方から申し出てくれるなら断る理由はない。


「すみません、ご迷惑じゃなければお願いしても良いですか?」

「ああ、任せてくれ。そんな心細そうな顔をした君を見てしまったら、ほうっておけない」

 聞けばカインは、毎年その社交界に参加していたのだと言う。


 そんな人が同伴してくれるなら心強いと、アメリアはホッと肩を撫で下ろし、カインと共に社交界へ参加することにしたのだった。

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