第19話

「王族からの招待状なんて、すごいじゃないエリカ」

 教室の自分の席で先日届いた招待状を広げていると、それを覗き込んできた友人が声をあげる。


「キャサリンったら、声が大きいわ」

 近くにいたクラスメイトたちがこちらに振り返り、エリカは「しー」と唇に人差し指をあててみせた。


「ごめん、ごめん。でもそれ」

「一年に一度、将来有望な若者たちを集め開かれる、夜会の招待状だろ? エリカちゃん、本当にすごいじゃん!」

 キャサリンの声を聞き付けてやってきたのは、キャサリンの恋人で同じくクラスメイトのクルトだった。


「別に凄くないわ。他の聖女見習いも何人か招待されていると聞いたし、あたしだけ特別ってわけじゃない」

「だからって、行きたくても招待してもらえない人が、ほとんどなんだから!」


 すごいことだと、周りにいた親しいクラスメイトたちも集まってくる。


「となると……聖女様をエスコートする光栄なナイト役を任命される男子は」

「はいはい、おれ!!」

 ふざけて手をあげる男子たちを見て、キャサリンが呆れた顔をした。


「アンタたちが選ばれるわけないでしょ。ほら散った散った」

 そんなキャサリンの一声で「ちぇ~」と口を尖らせながらも、ふざけた調子の男子生徒や野次馬たちは笑いながら散り散りになる。


 みんな口ではなんだかんだ言いつつ、エリカが誰を選ぶのかなんて、聞かなくてもわかっているのだ。


「もちろんレオンには、もう声を掛けてるんでしょ?」

「……掛けてないわ」

「えぇ!? なんで!?」


 エリカの席に残ったキャサリンとクルトは、他の聖女候補に取られる前に、早く誘った方がいいと勧めてきたが。


「だって……あいつ、こういう場に出るの毎回渋々って感じだし」

 それに本来なら、男性からパートナーになってほしいと申し込んでくるのが一般的なのに、なんだか納得がいかない。


「あ~、はいはい。いっつも、自分から誘ってるから、エリカもたまには、レオンの方からお誘いを受けたいのよね」

「べ、べつにそんなんじゃっ!」


 顔を真っ赤にさせ否定するエリカを見て、二人はニヤニヤしている。


「誰から見てもお似合いなのに。レオンもなんで告白しないかなぁ」

「それはエリカが、素直じゃないからいけないんじゃない? ねえクルト、レオンから、なにか聞いたりしてないの?」


「あ~……そうだな。実は、前に、モテるのにレオンは恋人が欲しいとか思ったりすることないのかって聞いたらさ。あいつポロッと言ってたことがあるんだ」

「なになに!」

 エリカじゃなくてキャサリンが食いつくように前のめりになる。


「ずっと想ってる子がいるんだって。だから、他の人と付き合う気は起きないって。でも、その子の気持ちは分からなくて、自分の想いを伝えても困らせるだけかもと思ったら、今の関係を壊したくなくて臆病になるって……」


「なにそれ超切ない!」


「でも、誰のことって聞いてもレオン、はぐらかして教えてくれなかっただろ」

 それをエリカのことだと決めつけるのはいかがなものかと、話に加わってきたのは、クルトと一緒によくレオンとつるんでいるもう一人の友人セオドアだった。


「あんまり、勝手な憶測で外野が騒ぎ立てないほうがいい」

「けどさ、レオンが一番親しくしている女子なんて、エリカちゃん以外いないじゃん」

「そうよ。ほらエリカ、やっぱそろそろ素直になりなよ!」


「そ、そんなこと言われても、あいつあたしの前ではそんなこと全然……」

「そうだ、次のパーティーで勝負を掛けるのはどう!」

「最高に着飾って、レオンをもっと夢中にさせちゃえばいいんだよ!」


「よし、じゃあ、おれ、レオンにエリカちゃんとパーティーにでるよう言っておくから」

「楽しみ~、そうと決まれば作戦会議よ」


「も、もう、みんな勝手なんだから」


 そう言いながらもエリカは、パーティーに期待を膨らませ、満更でもなさそうに友人たちの提案に身を任せたのだった。



◇◇◇



「デール様、お言葉ですが、王族主催の華々しい夜会に、王立研究所枠でまだ学生である彼女を行かせるなんてどうかしています」

 王立研究所に構えるデールの執務室に、一人の男の抗議が響き渡る。


「わしが勝手に決めたことではない。主催者の方々が是非にとも、アメリアを招待したいと言ってきたのじゃ。この一年での彼女の成長は、凄まじいものがある。今回の夜会は、才能ある若者たちの集いなのだから、彼女よりふさわしい者はいないじゃろ」


 デールは穏やかな口調で諭されても、男は納得のいかない面持ちだった。


「……ご存じですか? 彼女の母親は魔女だったとか。そんな輩に賢者の道を示すのはっ」


「滅多なことを言うものじゃないよ……とにかく、もう決まったことじゃ。今年は、我慢なさい」


「っ」

 デールに窘められ、決して自分の訴えを聞いてくれることはないのだと、伝わるものがあった。


「……分かりました。失礼します」

 これ以上自分がどうあがこうと、どうしようもないのだと理解した男は、一礼だけして執務室を出ていったのだった。




「くそっ……魔女の娘がっ」


 相応しくない。阻止しなければ。穢れてしまう。乗っ取られてしまう。この聖域が!!

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