第17話
「見て、レオン様とエリカさんよ」
「最近、二人でいることが多いみたい。やっぱり婚約の話は本当なのかしら」
昼休み、廊下を歩いていたアメリアの耳に、女子生徒たちの話し声が聞こえてきた。
視線を廊下の少し先に向ければ、見たくなくても女子生徒たちが噂していた二人を見つけてしまう。
そこには並んで廊下を歩くレオンとエリカがいた。
相変わらず二人の噂は学園内で囁かれ続けている。
普段のレオンの口ぶりから察するに、少なくとも現時点で婚約予定なんてことはなさそうなのだが……どういうわけか、噂が一人歩きしているようだ。
だが、聖騎士を志す者ならば、聖女のナイト役は憧れだろうし。レオンも、いずれはもしかしたら、エリカのナイトになってそのうち……。
考えただけで目の前が真っ暗になりそうだった。
アメリアは、二人に気付かれる前に回れ右して立ち去りたかったのに、踵を返す前に二人と目が合ってしまった。
「あら、アメリアさん」
先に声を掛けてきたのはエリカの方だった。笑顔で手を振ってこちらに駆け寄ってくる。
さすがにここから無言で立ち去ることはできなくて、アメリアは軽く会釈した。
「あなたも今からランチ?」
「はい」
「あたしたちもなの」
「……二人で?」
「クラスの奴らと皆でだよ」
不安げに聞いたアメリアへ、少し遅れてやってきたレオンが答える。
「これから食堂に行くんだけど、よかったらアメリアさんも一緒にどう?」
レオンとエリカの二人きりで約束していたわけではないことに、内心ホッとしたけれど、それならなおさらそんな大勢の中に混ざるのは気が引けた。
前に放課後の廊下で話し掛けられて以来、エリカはアメリアを見かけると、たまにこうして話しかけてくるのだが……。
「だ、大丈夫です。お昼は違う場所で食べようと思っていて」
「あら、誰かと約束?」
「……一人ですけど」
「えぇっ!? 一人でランチなんて寂しいでしょ。遠慮しないで、一緒に食べましょうよ」
正直、一緒に食堂でランチの方が、気が重いのだが。折角の好意なのでそんなこと言いづらい。
「アメリアは、あまり人混みが得意じゃないんだ。そっとしといてやってくれ」
レオンが、助け船を出すようにそう言ってくれたが、エリカは納得のいかなそうな顔をしていた。
「でも……ひとりぼっちなんて可哀想」
「…………」
エリカに悪気はないのかもしれない。ただ純粋に、アメリアに優しくしてあげようと、しているだけかもしれない。
けれどこんな時、いつも哀れむような目で見られている気がして、アメリアは羞恥心がわいてしまい唇を噛み締める。
エリカには悪いけれど、アメリアは彼女が苦手だった。だから早くこの場から立ち去りたい。
「ねえ、あたしたちに気を遣ってるなら気にしないで」
「ぁ……わた、わたし、今日は忙しいのでもう行きます」
「あ、おい! アメリア」
うつむき早口でそれだけ告げると、アメリアはそそくさとその場から走り去ってしまったのだった。
「……はぁ」
人気のない、いつもの階段に座り、小さな手鏡を見つめながらアメリアは、ため息を吐いた。
そこには地味で冴えない、そのうえ無愛想な自分の顔が映っている。
正直エリカだって、レオンに比べてしまえば、絶世の美女というわけではない。
それでもあの二人がお似合いだと言われているのは、やはりエリカのレオンへの物怖じしない態度と、聖女と聖騎士というお伽噺に出てきそうなロマンティックな関係性の力だろうか。
(根暗な魔女じゃ、どうがんばってもおとぎ話じゃ悪役ばかりだし……)
自分なんかがレオンの隣に並んでも、とてもお似合いには見えないことぐらい、自分でもよく分かっている。
せめてもっとニコニコと愛想よくしていれば、陰気だと陰口を叩かれることはなくなるだろうかと、きゅっと唇に力をいれ持ち上げてみるが……。
「ど、どうしたの、アメリア。苦しそうな顔して、具合悪い?」
「きゃあ!?」
突然声を掛けられ飛び上がる。
顔をあげるとアドルフが心配そうな顔をして、目の前に立っていた。
笑顔の練習をしていたのだと知られるのも恥ずかしいが、そのうえアメリア渾身の笑顔が苦しそうな顔と勘違いされたことも恥ずかしくて、咄嗟に言葉が出ない。
「医務室に行く?」
「だ、大丈夫です」
「そう? 無理しないでね」
医務室に連れていかれそうになり、アメリアは慌てて具合は悪くないと立ち上がった。
「……アドルフさんは、なぜここへ?」
ここは滅多に人の寄り付かない、アメリアが見つけた学園の穴場スポットなのに。
「前に、昼休みは図書室か、ここにいることが多いって言ってたじゃない。だから来てみたの」
レオン以外で、こんな風にアメリアに気さくに話しかけてくれる生徒は、彼ぐらいなものだ。
とは言っても学園ではあまり会うこともなく、わざわざこんな風に彼が会いに来るのは珍しい。
「なにか、ありましたか?」
「ううん、ただ……最近研究室での仕事はどう? 何か困ったことをされたりしてない?」
「特には」
「そう……ならいいの。なにかあったら、いつでも相談してね。私じゃたいした役には立てないかもしれないけど」
よく分からなかったけどアメリアが素直に頷くと、アドルフは「用事はそれだけよ」と軽くアメリアの頭を撫で、すぐに行ってしまう。
なにか心配されているようだったけれど、アメリアにその理由は分からなかった。
「アメリア」
名前を呼ばれ振り返ると、アドルフと入れ違いでレオンがやって来た。
「どうしたの?」
「オマエが、急に走ってくから……」
あの後、心配して追いかけてきてくれたようだ。
アメリアは申し訳ない気持ちになり、さっきは逃げてごめんねと謝ろうと思ったのだけど。
「レオン……怒ってる?」
心配というより、レオンの表情はなぜかムスッとしていた。
「別に…………さっきのヤツって」
「え?」
「さっき一緒に居たヤツって、魔術科のアドフルだろ」
「うん」
「……たまにこうやって、二人で会ってたりしてんの?」
なにか言いたげな眼差しを向けられ、アメリアは戸惑う。
レオンが不機嫌な理由が分からない。
「してないよ」
わざわざこんな場所まで会いに来たこと自体、今回が初めてだし。
「ふーん……じゃあ、今日はたまたま?」
「うん」
別に約束していたわけではないので、アメリアは頷いた。
たまたまと言うよりは、なにか心配して会いに来てくれていた様子だったけれど。
「そっか……」
「レオン?」
複雑そうな表情を浮かべたまま、黙り込んでしまったレオンを見て、つられるようにアメリアの表情も曇ってゆく。
するとハッとしたように彼は「ごめん」と呟いた。
「……ごめんな、尋問みたいなことして」
「ううん。でも、どうしたの?」
アメリアは、自己嫌悪しているような表情を浮かべるレオンが心配で、そう聞いたのだけれど。
「っ……そこは、少しぐらい察しろよ」
「わっ!」
レオンは突然わしゃわしゃと両手でアメリアの頭を撫で回してきた。
先程のアドルフとは対照的で、大型犬を愛でるように豪快な手つきだ。
「アメリアの鈍感」
「ひどい……」
髪をボサボサにされたあげく、じと目でそんなことを言われたアメリアは、わけが分からなくてしゅんとする。
「なんで、こんな意地悪するの?」
「……意地悪なんてしてない」
レオンは不機嫌そうな顔のままだった。次の瞬間……ちゅっと不意打ちで額に、柔らかい唇が押し当てられアメリアは固まった。
「……ごめん」
それだけ言うと、レオンは何事もなかったかのように立ち去ってしまい、アメリアは熱くなった頬を押さえながらその場に蹲る。
いきなりこんなことをするなんて、彼がなにを考えているのか分からない。
「レオンのバカ。人の気も知らないで……」
「アメリアのバカ、人の気も知らないで……」
アメリアは自分ばかりが振り回されている気がして、なんてことない態度で立ち去った彼の顔が、同じぐらい赤くなっていた事など知る由もなかった。
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