17歳 すれ違う恋心
第16話
「おい、聞いたか。学園からデール様にスカウトされてきたあの子の話」
「当たり前だろ! 今、この研究室はその噂でもちきりなんだから」
「入所一年で、十七歳の女の子が、傷を一瞬で癒やすポーションを作り出すとか末恐ろしい……さすがは、デール様に目を掛けてもらっているだけの実力者だな」
「そのうち、伝説のエリクサーも作れるようになるんじゃ……」
「もしそんなことができたら、デール様の後継者として賢者の称号を頂くのも夢じゃない」
「馬鹿な事を言うな!! 縁起でもない!!」
「「っ!?!?」」
噂話で盛り上がっていた錬金術師たちだが、上司の一喝により会話をやめた。
研究室内がしんっと静まり返る。
「あの娘は、所詮田舎の男爵家の養子だ。実の父親も不明だと聞く。そんな素性の知れない者が、賢者になれるわけがない。本来ならそのような人間、この研究室に足を踏み入れることだって穢らわしいというのに」
家柄や血筋、実力も兼ね揃えた選ばれし者だけが集う錬金術師が多いこの組織の中でも、やはりアメリアは少し浮いた存在だった。
それをおもしろく思っていない者たちは、彼の言葉を肯定するように、アメリアに好意的な噂話をしていた者たちを嗜めだす。
「だいたい例のポーションだって、デール様のレシピを引き継いだだけのようじゃないか。調合するだけなら誰にだって作れる」
「自分たちもそう思っておりました! あの娘どんな手を使ってデール様に取り入ったのやら」
「やはり、デール様の後継者として賢者になるのは、カイン様しかいないのでは」
「えっ……そんなことはないさ。それに、アメリア君は僕から見ても、とても勤勉で優秀な子だと思うよ」
会話に加わることなく、黙々と仕事をしていたカインが、突然話を振られ、気まずそうに苦笑いを浮かべている。
彼はこの王立研究所の錬金術師部門のなかでも、デールの右腕と呼ばれている存在だ。
周りからの人望も厚く、いずれはデールの後継者として、賢者の称号をもらえるんじゃないかと言われ続けてきた。
そんな彼が、アメリアを悪く言わなかったことで、勢いづいていた者たちも黙り込み、研究室に気まずい沈黙が流れる。
「…………」
そんな錬金術師たちの会話を部屋の隅で耳にしていたアドルフは、一言も発することなく部屋を出ていったのだった。
◇◇◇◇
「あら、アメリアも今帰り?」
「わぁ、アドルフさん」
突然後ろから声を掛けられ飛び上がって振り向くと、同級生のアドルフが親しげな笑みを浮かべ、こちらに歩いてくるのが見えた。
「今から帰るなら、寮まで一緒に帰りましょう」
帰る場所は同じなのだし、とアドルフは言ってくれたのだけれど。
「ご、ごめんなさい。今日はこれから予定があって」
「今から?」
もう夕暮れ時なのに? とアドルフは少し不思議そうに首を傾げた後……。
「もしかして……男と待ち合わせ、とか?」
「へ!?」
耳元で艶っぽく囁かれ、なんだかアメリアはイケナイことを指摘されたような気分になり、頬を赤らめた。
「あらあら~、冗談のつもりだったんだけど、なぁにその反応」
アドルフは面白いおもちゃでも見つけたみたいに、にんまりとした笑みを浮かべる。
別にやましいことがあるわけではない。最近会えていなかったレオンと、夕食を一緒に食べようという約束になっているだけのこと。
けれど、自分とレオンが親しくしていることを、学園の生徒には知られたくなくて、アメリアは未だに隠している。
だから口ごもったアメリアの様子を見て、なにか察したのか、アドルフがそれ以上追求してくることはなかった。
「ざ~んねん。じゃあ、またね」
彼は、ひらひらと手を振り、王立研究所から学園の方へと帰っていったのだった。
待ち合わせの広場に向かうと、先に着いていたらしい彼はベンチに座り読書をしていた。
今年十八歳になるレオンは、ますます色男という表現がぴったり合う美青年へと成長している。今もただそこにいるだけで、通りすがりの女性たちの注目の的だ。
思わずアメリアも、回りの女性たちと同じように、立ち止まり遠目から読書をしている彼に、ついつい見惚れるだけで声を掛けそびれてしまっていたのだけれど。
「……ん? アメリア」
視線に気がついたのか顔をあげ、アメリアの姿を見つけたレオンは、嬉しそうに名前を呼ぶ。
そんなレオンの表情に、近くにいた女性たちがうっとりとした吐息を漏らした。
「なんでそんなとこで、ボーッと突っ立てるんだよ」
そう言い笑いながらレオンがこちらにやってくる。
「……なんでもない、よ」
相変わらずレオンは、周りの視線や噂話には無頓着だ。
自分がどれほど目立つ存在で人気があるのか、自覚していない。
アメリアは毎回レオンと会うたびに、レオンに見惚れていた女性たちの視線が自分にも向けられることに、居心地の悪さを感じているというのに。
「行こうぜ。今日は肉料理が旨い店を予約してるんだ」
「うん」
人混みを掻き分け歩き出したレオンの後ろを、置いてかれないように足早についてゆく。
「久しぶりだな、アメリアとメシ食いに行けるの」
「うん」
ここ1ヶ月ほど、アメリアは大忙しだった。
学園の最終学年ということもあり、卒業に向けて学業が忙しいのもあるが、主に課外授業のような位置付けとなっている放課後の活動の影響だ。
デールの指導のもと、アメリアは元々関心のあったポーション作りに精を出していた。
一つのことにのめり込むと、寝食も忘れる程の集中力があったアメリアは、夢中でデールから手渡されたレシピを参考に、ポーション作りに励み、そして強力な治癒薬を作り出すことに成功してしまったのだ。
「好評なんだろ? アメリアのポーション。ホントすげーよ」
「わたしは、全然……デール様のご指導のお陰だよ」
アメリアの活躍を、自分のことのように喜んでくれるレオンの言葉が嬉しくて、でも照れ臭くて、アメリアは頬を染め俯いた。
「オマエの努力と才能があってこその結果だろ。もっと自信持てって。これからも、オレ応援してるから。アメリアのこと」
「ありがとう……」
(レオンが応援してくれるなら百人力、だよ)
本当は言葉に出して伝えたい。けれど、そんな勇気アメリアにはなくて、心の中でそう呟いた。
いつだってそうだ。一番伝えたい気持ちは、うまく言葉に出来ない。
だから自分の気持ちを自覚してからしばらくたっても、二人の関係は変わらないまま。
いや、変わることなどアメリアは望んでいなかった。
自分とレオンじゃ、釣り合うわけがない。それに、家族みたいに育った自分が、彼に恋をしているなんて知られたら、レオンに気持ち悪がられてしまうかもしれない。
そんなことを思えば思うほど、知られちゃいけない想いだと感じ、アメリアは自分の恋心を悟られないように口を噤むのだ。
レオンが予約してくれたという店までの道のり。気がつけば二人は無言で歩いていた。
決して気まずい沈黙ではない。
こっそりレオンの横顔を盗み見する。こんな時、レオンはいつも、なにを考えているのか読めない表情をしている。
歩くたび二人の手の甲が微かに触れ合う。けど、手を繋ぐことはない。
そんな微妙な距離感のまま、しばらく歩いた頃、おもむろにレオンが口を開いた。
「オレさ……アメリアの才能が周りに認められていくことは、嬉しいんだけど」
「ありがとう?」
そう言ってくれるわりに、レオンの表情は少し曇っていて、なにかあっただろうかと、アメリアは首を傾げる。
「最近、アメリアに中々会えなくて寂しかった」
「レオン?」
「なんかさ、このままアメリアが、手の届かない存在になるんじゃないかって気がして」
「そ、そんなわけないよ! これからも、わたしはレオンの隣にいたいよ」
そう言ってから、アメリアは自分が今とても大胆な台詞を言ってしまったんじゃないかと気が付き、恐る恐るレオンの反応を伺ったのだが。
「そっか。よかった」
和らいだ彼の表情を見て、今の発言を訂正するのはやめることにした。
少し頬を赤らめた彼の表情を見ていると、胸の奥がきゅーっと締め付けられる。
(レオン、好きだよ……大好きだよ。ずっとずっと一緒にいたいよ)
何度も決して言葉に出しては伝えられない想いを、心の中で呟いた。
許されるなら、これからもずっとずっとレオンの隣を独占していたい。
それがアメリアの、誰にも言ったことのない一番の望みだった。
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