第15話

 レオンの言葉もあり、デールの研究室へ見学に行くことを決意したアメリアは、決心が鈍らないうちにと次の日、王立研究所までやってきた。


 貰ったカードがあれば、アポイントなしでも入れるらしいが、一応昨日のうちに連絡は入れてある。それでも緊張してしまい入り口付近で、しばらくウロウロしていると。


「不審者がいると通報を受けたのですが」

 後ろから肩をポンと叩かれ飛び上がる。

「わ、わたしじゃありません!?」

 それとも、ウロウロしすぎて通報されただろうかと慌てふた化粧と、声を掛けてきた男が「プッ」と吹き出した。


「あはは〜、ごめんなさい。あまりに挙動不審だったから、つい」

 少しからかいたくなっちゃった。と笑っていたのは、先日の授業でアメリアと同じくカードを貰っていた男子生徒だった。


「貴女も研究室の見学に?」

「あ、えっと……」

 咄嗟に言葉が出なくて口をパクパクさせてしまうが、男子生徒はそんなこと気にせず話し続ける。


「私もなの。今回デール様に声を掛けて貰えたのは私たちだけみたいだし、一緒に行きましょうか」

「え、は、はい」

 一人で心細かったアメリアは力強く頷いた。


「私はアドルフ。魔術科の二年生よ」

「わ、わたしはアメリア。同じく魔術科の二年生です」

「そう、アメリア。よろしくね」

 艶っぽく微笑むアドルフに、思わずドキリとしてしまう。


「さあ、行きましょう!」

「わぁ!?」

 アメリアはアドルフに背中を押されるようにして、王立研究所の中へと足を踏み入れたのだった。






 受付でカードをみせると、しばらくして案内役の男性が現れた。メガネを掛けた、知的でいかにも研究員といった印象を受ける男性だった。


 彼はデール直属の部下でカインと言うらしい。


 デールの執務室へと通されると、デールは二人を温かく迎え入れてくれた。


 自ら研究室を案内してくれたり、お茶にお菓子を用意してくれた後、二人が望むなら既に見習いとして研究室に迎える準備ができていると言われ驚く。


 本分である学園の授業に支障がでないよう、週に何回か放課後こちらに通うのはどうだと提案された。


 次世代の錬金術師の育成には国が力を入れており、もちろん学園の許可も取ってあると言う。アメリアは、勇気を出して提案に乗ることにした。


 アドルフのほうも、なんだか楽しそうだからという理由で了承していた。


 こうしてアメリアは、若干十六歳にして王立研究所への出入りが許されるようになったのだった。



◇◇◇



「ねえ、エリカ聞いて。アドルフ様が、あの王立研究所のデール様からスカウトを受けたらしいの!!」

 キラキラと瞳を輝かせ友人のキャサリンは、興奮気味にエリカにそう報告してきた。


 美形でおしゃれで、個性的な魔術科の有名人と言われているアドルフのファンであるキャサリンは、ことあるごとにエリカに彼のことを話してくる。


「凄いことなのよ!! ここ数年は適応者が見つからず、誰もお声を掛けてもらえなかったんだから」

「へー、よかったわね」


 正直あまり興味はなかったが、キャサリンが嬉しそうなのでそう返していると、珍しく話に入ってきたのはレオンだった。


「それってやっぱりすごいことだったんだな」

「凄いなんてものじゃないの! 狭き門!! エリート中のエリートに選ばれたようなものなんだから!!」


 レオンは、最初自分のことのように嬉しそうな顔をして、この話に興味があるような素振りだったが。キャサリンがアドルフのことを、天才だ将来性がある、女性に優しくて素敵な人なのだと褒めれば褒めるほど、なぜか複雑そうな表情になってゆく。


「そんな男と同期になるのか……」

「え? なんの話?」

「いや……でも、頑張ってるあいつは応援してやりたいし」

「お〜い、レオン!」

「……ああ、今行く」

 よく分からないことをブツブツ言って、そのうち友人に呼ばれ行ってしまった。


「なんなの、あいつ」

 普段、女子たちの話になんて興味を示さないレオンの意外な反応に、エリカはきょとんとしていたが。


「さあ? ところで、エリカちゃん。レオンとは、最近どうなの?」

「どうって、別に……」


「いいかげん素直にならないと、他の人に取られちゃうかもよ!」

 聖女と聖騎士は、仕事柄ペアで行動することも多いので、聖女候補たちはみんな卒業までに、自分の専属ナイトを一人は掴まえておくものなのだ。


 レオンを狙っている聖女たちが他にもいることは、エリカだって察している。だが……。


「そんなこと言われても……あいつ聖女付きの騎士にはなるつもりないって……」

「えぇ!? レオン、そんなこと言ってたの!? エリカちゃんの誘いを断ったってこと?」

「あ、あたしが断られたんじゃないわ! 前に、現役の聖女様から、卒業したら自分付きにならないかって言われてるのを偶然目撃して……」


「なんだ〜、それってその聖女様を傷付け無いための方便なんじゃない? エリカちゃんが誘えば違うかも!」

「そうかもしれないけど……」

 でも、いまいち確信が持てない。


 聖騎士たちにとって、聖女に選ばれたナイトになることは、とても名誉なこと。エリカのもとにも、是非自分をナイトに選んで欲しいと、志願してくる取り巻きのような聖騎士見習いたちが数人いる。


 けれどそんな取り巻きたちに囲まれているエリカを見ても、レオンが慌てて言い寄ってきたことは一度もないのだ。


 それは本当に全く聖女のナイトになることなど、興味がないといった態度にも思える。


「本当にエリカちゃんはこのままでいいの?」

「そ、それは……」


 秘密にすると約束したのでキャサリンには言っていないが、最近またレオンを見直したことがある。アメリアのことだ。


 噂好きの知人に少し探りを入れてみれば、アメリアの母は禁術を侵し処刑されたらしく、随分といわく付きの娘のようだ。


 そんな子にも、レオンは差別せず手を差し伸べてあげていたなんて。


 そういうところも尊敬できるし……彼の人となりを知れば知るほど、やはり自分のナイトは彼しかいないと思えてくる。


 そして、聖女とナイトは、一緒にいる時間が多いため、そのまま結ばれ結婚する者も多い。

 いずれは自分もレオンと……それが自然な流れであるように思えた。


 誰もが自分たちをお似合いだと言うのだから。


(レオンが、あたしのナイトに立候補してくれれば、全て丸く収まるのに)


 男友達と楽しそうに笑い合っているレオンの横顔を見つめながら、エリカはそんなことを考えていたのだった。

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