第14話

「…………」

「――ア、おい、アメリア」

「な、なに!?」


 ハッとして隣を見れば、少し心配そうな顔をしたレオンがいた。


「なんだかオマエ、二人でいても最近ぼーっとしてばっかだな」

「ごめんね……」

 今日は図書館での勉強の日だったのに、アメリアはまた上の空になってしまっていたようだ。


「で、今度はなにで悩んでんの?」

「……これ」

 アメリアは素直にレオンにカードを差し出して見せた。

 先日デールがくれたものだ。


「なんだよこれ」

「王立研究所へ通してもらえる通行証のようなもの」

「えっ、すげーじゃん!」

 カードを貰った経緯を話すと、まじまじとカードを確認してから、レオンは満面の笑みでアメリアを褒めてくれた。


「それって、賢者様にアメリアが認めてもらえたってことだろ! さすがアメリア!」

 ストレートな言葉で、よかったな、すごい、と何度も褒めてくれるレオンに、アメリアは照れながらお礼を伝えた。


「ていうか、それでオマエは、なにに悩んでるんだ?」

「それは……」


 デールのことは嫌いじゃない。

 もちろん賢者という立場を尊敬しているし、なにより人柄に惹かれるものがある。

 だから彼の下で学べる機会は、ありがたいものだと思っているのだけれど。


「怖いの……」

 少しの躊躇の後、アメリアは素直な気持ちをレオンに吐露した。


「怖いってなにが?」

「古代魔術に触れることが」

 錬金術師を志すなら深く広い知識を身につける必要がある。その中には、禁術についてや古代魔術も含まれる。


 自分の母親のことを、アメリアは今までレオンにも、ちゃんと話したことがなかった。

 彼のことだから、伯爵からなにか聞いているかもしれないが。


 それは、アメリアにとって一番触れてほしくないことであり、知られて気味悪がられるのが怖かったのもある。


 でも……。


「どんな風に怖いんだ? オレでよかったら、話してみろよ」

 レオンは、強張ったアメリアの気持ちを和らげるよう、優しい声音で問いかけてくれる。


 彼には自分の生い立ちも全部、知ってほしい。

 アメリアは自然とそう思えて、気が付くとポツポツと話し出していた。


「わたしのお母さんはね、悪魔と交わり村人を誑かした罪で、魔女狩りに遭って命を落としたの」

「うん」

「わたしの生まれた村では、特に赤い目はとても不吉と言う伝承が信じられていて、だからわたしは悪魔との間にできた子供だったに違いないって、怖がられていた」

「うん」


「実際、わたしのお父さんのことは、ガーディナー男爵も分からないと言っていたの。だから……怖い」

 古代魔術の中には、魔界や悪魔との交信に使われていた魔法陣なども含まれている。


「魔属性のものに触れることで、自分がお母さんと同じ間違った道に進んでしまうことも怖いし、自分が……本当に悪魔の子供だって明らかになるかもしれないことも、怖い」

「ふーん……でもさ、アメリアは研究室に行くか迷ってるんだろ?」


「それは……うん」

「気になってる理由は?」

「……一番の理由は、デール様が、この目の色を褒めてくれたから、かな」

 アメリアが頬を赤らめ俯くと「はぁ!?」っと、レオンが声を上げ、少し離れた席にいた人に咳払いされ謝った。


「錬金術の世界では、赤い瞳は神様に祝福された証なんだって。ずっと忌み嫌われていたこの瞳に、そんな意味があるって知って……その意味をもっと調べてみたいって思ったの」


「ああ、そういう意味な……ちなみにさ、そのデールって賢者は、見た目もちゃんとじいさんなんだよな。変な術で見た目だけ若作りとかしてないよな?」


「うーん、年齢は知らないけど、ガーディナー男爵と同じぐらいに見えるし、若作りはしてないと思うけど」

「だ、だよな〜! まさか、いくら瞳の色を褒められたからって、じいさんに惚れるわけない……よな?」

「え?」

 レオンが珍しく難しい顔をしてブツブツ言っているが、小声すぎて聞き取れなかった。


「な、なんでもない! オレは、そんな難しく考えなくていいと思うぞ。錬金術師を目指してみるのも、自分の瞳の色について探究するのも、いいじゃん!」

「でも……」


「それに……オマエの母上の過去が、どこまで真実なのかは、オレには分かんねーけど。オマエがもし悪魔に誑かされそうになったら、オレが守る。だから、大丈夫だ」

 これでも聖騎士見習いだからな、とレオンは笑った。


「それから、仮にオマエが悪魔の子だったとして、オマエはオマエじゃんってオレは思う」

「そ、そんな簡単な事じゃない。もし悪魔の子だってバレたら退治されちゃうかも」


「……それはよくねーな。じゃあ、もしそうでも二人だけの秘密にしようぜ」

「二人だけの?」

「そう。絶対オレはオマエを裏切らないしオマエの味方でいるから」


「レオン……」

「だから、一人で抱え込まないで、何かあってもオレにだけは相談しろよ」

「う……」

「えっ、なんで泣くんだよ!?」


 涙ぐんで言葉を詰まらせたアメリアを見て、レオンが慌てる。


「レオンは、私が、悪魔の子でも怖くないの?」

「たとえそうでも、今更怖くねーよ。それに、オレだって…………オマエのその赤い瞳、キレイだなってずっと思ってた」

「っ!」


 その瞬間、ずっと嫌だったはずなのに、アメリアはほんの少しだけ、この瞳の色で生まれてきてよかったと思えた。


 だってレオンにキレイだって言ってもらえたから。


 大好きで、特別な人に……。


(どうしよう……わたし、レオンが好き。大好き)


 ずっと、ずっと、気付かないフリをしてきた自分の気持ちが溢れ出す。


 人気者で太陽みたいなレオンと、日陰者の自分じゃ釣り合わない。


 叶うはずのない恋なのに。


「な、泣きやめよ。オマエに泣かれると、どうしていいかわかんねぇ……」


 そう言いながら、レオンは大きな手で乱暴にぐりぐりと、不器用ながらアメリアが泣き止むまで頭を撫でていてくれたのだった。


 アメリアの涙の理由も知らないまま。

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