第11話

「なあ、今日の店は、オレが決めていいか?」

「あまり治安の悪そうなお店はダメだよ」

「分かってる」


 王立図書館で勉強した日は、二人で外食をしてから寮に戻るのが、なんとなくいつもの流れとなっていた。


 アメリアはともかく、伯爵令息であるレオンの身分的に、本来なら格式の高い店を選ぶべきなのだろうが。


「今回は、この街が地元の奴に聞いた店だから、期待しろよ」

 好奇心旺盛で一般階級の友人も多いレオンは、庶民的な店を好んで探してくる。


 そのため食堂というより、飲み屋という雰囲気の店に当たることもあった。レオンと一緒なので怖い思いをしたことはないけれど、学生の身分で酒場に出入りするのはよろしくないので、お互い気を付けるようにしている。


「早く成人したいな。そしたら、気兼ねなく飲み屋に行けるのに」

 その頃にはお互い学園を卒業しているし、レオンは聖騎士になったなら忙しくて、こんなふうに会えなくなるんじゃないかと、アメリアは思っていたのだけれど。


「成人したらさ、二人で飲みに行こうぜ」

「っ……うん」

 レオンは、たまにまだ先の未来のことを口にするけれど、彼の描く未来には、当たり前のようにアメリアがいるようだ。


 アメリアにとっては、それが少しくすぐったくもあり嬉しかった。

 叶うならこの先もレオンと二人でいろんなことをしてみたい。


 でも……。


 アメリアは自分の将来を思い浮かべることができなかった。

 大人になったレオンの隣にいるのが、自分である未来も……霧がかったように想像できない。 


「あら? レオンじゃない」

「っ!」

 その時、声を掛けられハッとアメリアは、現実に引き戻される。


「げ、エリカ」

「ちょっと、げってなによ! しつれいね!」

 言いながら、人混みを掻き分けエリカかこちらにやってこようとする。


 どうしよう。二人でいるところを見られたら、せっかく風化していた噂が、また再熱してしまうだろうか。

 それともエリカは誰にも言いふらさないだろうか。


 色んなことを頭の中で想定して、アメリアは表情を強張らせた。

 それを横目で見ていたレオンは……。

「悪い、オレたち急いでるから!」

「っ!?」

 それだけ言うと、アメリアの手を掴み駆け出したのだった。


「えっ、ちょっと待ちなさいよ! ……オレたちって、今の子だれ?」






 エリカから逃げるように走り、レオンとアメリアは夕暮れ時の広場まできて足を止めた。


 日頃の運動不足のせいで、ぜぇぜぇと呼吸を整える。そんなアメリアを見て、苦笑いを浮かべながら、レオンはアメリアをベンチに座らせてくれた。


 少し待っててと一旦どこかへ行ってしまった彼は、冷たいミネラルウォーターが入った瓶と、照り焼きの肉を包んだボリューム満点のサンドイッチを買って戻ってきた。


「今日は、予定変更してここで食べてこうぜ」

 友人オススメの店は、また来週行こうと言いながら、レオンは笑顔で冷たい瓶をアメリアの頬へくっつけてくる。


 アメリアは小さく頷いて「ありがとう」と、冷たいミネラルウォーターを受け取った。

 一口飲んでふぅっと息を吐く。

 走ったせいでバクバクしていた心臓も、だいぶ落ち着きを取り戻してきた。


「たまには外で食べるのもいいな」

 レオンはそう言い、ボリューム満点なサンドイッチをぺろりと平らげてしまう。


 アメリアも慌ててサンドイッチにかぶりついたが、すぐに「焦らなくていいよ」と、レオンに笑われてしまった。

 どうやら口の端にソースが付いていたらしい。


「ガキかよ」

 そう言いながらレオンは、なんてことないようにアメリアの口の端に付いたソースを、指で拭いペロッと舐めとった。


 弟と妹がいて面倒見の良い彼にとっては、普通のことなのかもしれない。だから、その行為をまったく意識していないようだったけれど、アメリアはいろんな意味で恥ずかしくなり、自分の頬が赤くなるのを感じた。


 今が夕暮れ時でよかった。

 鈍感なレオンならば、顔の赤さを指摘されても、夕日のせいにしてごまかせるだろうから。




 暫くして、ようやく大きなサンドイッチを食べ終えた後、アメリアは先程のことを尋ねた。


「あの人、レオンの知り合いでしょ。逃げちゃって大丈夫?」

「別にいいだろ。……オレたちが一緒にいるところを見られて、なんか聞かれても面倒くせーし」


 レオンは背が高いので、人混みの中でも目立っただろうが、アメリアならば人混みに紛れ、エリカに顔までは確認されなかったかもしれない。


 それに、後日エリカになにか聞かれても、上手く誤魔化しとくとレオンは言った。


「うん……また、わたしたちのこと噂になったら困るものね」

「ああ……もう、あんなのは御免だな」

 アメリアも同じ気持ちのはずなのに、レオンにそう言われ、勝手に傷付いている自分がいた。


 レオンは、もう二度とわたしと噂になるのは嫌なんだ。

 あのエリカと言う娘との噂は放置しているのに。

 もしかしたら、先程も彼女に誤解されたくなくて、逃げ出したのではないだろうか。

 わたしなんかといるところを見られたくなくて……。


 次々と自らの心を抉るような思考しか浮かんでこない自分が嫌になる。

 なのに止まらない。


 今日の立場が逆だったなら、レオンは自分にエリカのことを紹介しただろうか。


 するとしたら、なんて……。


「アメリア?」

 レオンに名前を呼ばれ、ドロドロとした気持ちに飲み込まれそうになっていたアメリアは、ハッと現実に引き戻された。


「なんだよ、またボーッとして。疲れたか?」

 それならそろそろ帰ろうか、と言われるんじゃないかと思ってアメリアは、慌てた。


「ううん、疲れてないから、帰りたくない。まだレオンと一緒にいたいよ」

「っ……」


 縋るようにそうお願いすると、アメリアの言葉にレオンは顔を赤らめ、それを隠すように口元を手で覆いそっぽを向いてしまった。


「レオン?」

 今度はアメリアが不思議そうに、レオンの名前を呼んだ。

「なんでもないから、こっち見るな」

「なんで?」

「……きっと今、すげー格好悪い顔してるから」


 そっぽを向いているレオンの耳が赤く見えるのは、夕日のせいだろうか。




 先程、アメリアの口元に付いたソースを指で舐めとっても、平気な顔をしていたレオンが、まさか自分の何気ない一言に赤面しているとは思わずに、アメリアは首を傾げるばかりだった。

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