第12話

 週が明け、アメリアはデールに声を掛けられていた単発の講義に顔を出すため、地下にある普段はあまり使われていない教室へと顔を出した。


 デールは生徒たちが集まってくれるか心配していたようだったが、狭い室内にはすでに三十人を超えるであろう生徒が集まっている。


 なかなかの盛況ぶりではないだろうか。と思いながら、アメリアは後ろの隅っこの空きがあった席へと座った。


「あの賢者デール様の講義が受けられるなんて、ツイてるな!!」

「ああ、錬金術師を志してこの講義を受けないヤツはバカだ」


 前の席に座っていた生徒たちの会話が聞こえてきた。

 どうやらデールは、アメリアが思っていた以上にこの国で偉大な存在のようだ。


「おれ、いつか出世してデール様の研究室に入るのが夢なんだ」

「あそこは、選ばれし者しか入れないエリート中のエリートコースだろ。実力だけじゃなく、家柄も見られるって聞いたことがあるし」

「俺は家柄なら問題ないさ! デール様のお眼鏡にかなうよう今日はアピールするぞ!!」


 意気込む生徒たちの熱気が伝わってくる。

 自分は場違いなんじゃないかと、アメリアが少しこの場にいることを後悔し始めた頃、長い真っ白の髭がチャームポイントの老人が部屋にやって来た。デールだ。


「やぁ、諸君。想像していたより、多くの若者が集まってくれた。嬉しい限りだ」

 目尻に深いシワを刻み、ニコニコとした優しげな笑顔にアメリアは、気持ちがほっこりとした。

 やはりデールは、ほんの少しだが雰囲気が育ての親だったガーディナー男爵に似ていて、勝手な親近感を覚えてしまう。


「今日は錬金術の歴史や基礎を話し、最後に興味のある者たちには、我が研究所の見習いとなる適性試験を受けてもらう予定じゃ」


 適性試験の言葉に生徒たちがざわつく。デールに適性があると認められた者は、そのまま彼の研究室に見習いとしてスカウトされることになると言う。これは錬金術師を志す生徒たちにとって、またとないチャンスだ。


「さあ、まずはつまらん話かもしれないが、錬金術の歴史について話をしよう」






 つまらないかもなどと言っていたけれど、デールはとても話上手で、飽きることなく生徒たちは講義に夢中になっていたし、時に笑いもありあっという間の一時間だった。


 講義の終わりを知らせるチャイムが鳴り、本来ならばもう放課後の時間だったが、部屋を出る生徒たちは一人もいない。


「さて、ここに残った皆の衆は、我が研究室に興味があり、適性試験を希望する面々と言うことで良いのかな」

 デールの問いかけに皆大きく頷いて答える。

 アメリアも、誰一人教室から出ていかない中、一人だけ退出する勇気はなく残っていた。


「では、はじめよう。ここに十冊の古代魔術が記されている書がある」

 そう言いながらデールは、前列にいる生徒十人にその魔術書を手渡してゆく。


「その魔術書の表紙に手を当て、共鳴することができれば素質ありじゃ」

 簡単じゃろっとデールは笑う。

 アメリアも、難しい筆記試験や実技ではなく、本に手を当てるだけの試験? と拍子抜けした。


 まず前列の十人が、言われた通り表紙に触れる。眉間にシワを作りながら力んでみたり、なにやらブツブツと独自の呪文を唱えてみたり、皆集中していたようだが、前列の誰も魔術書に変化を起こすことはできなかった。


「気に病むことはない。古代魔術書と共鳴できる方が稀なのだから」

 落ち込む生徒たちにそう声を掛けながら、魔術書を後ろの席に回すようデールは指示を出す。


 ニ列目の生徒たちも、思い思い力を込めたり願ったりしているようだったが、魔術書が変化を見せることはなかった。


 続いて三列目の生徒たちに魔術書が回される。

 次は自分の番かと、四列目に座っていたアメリアもドキドキしてきた。


 その時、わぁっと教室に歓声があがる。

 三列目にいた生徒が一人、魔術書と共鳴したようだ。手元に美しい光の粒子が飛び交っている。


 それを祝福し拍手する生徒もいれば、悔しそうに見ている者もいる。


「おお、これはすばらしい! 是非興味があれば、我が研究室にスカウトしたい」

 デールも嬉しそうにニコニコと笑っている。


「でも私、今日は友人の付添いで参加しただけで、錬金術にはあんまり興味なかったのよね」

 口調は妙に艶っぽく女性的だが、デールにスカウトされた生徒は、長身で長い髪を後ろで低く結った男子だった。


「き、きみ! 興味がないなんて失礼だぞ!!」

「あら〜、ごめんなさい」

 隣の席の生徒にそう窘められても、彼は余裕の笑みだ。


「はっはっは、いいのじゃよ。錬金術とはマニアックな職種じゃからな。見込みのある若者を見つけても、よくそうやって断られるのじゃ。仕方ない」


「う〜ん、でも、自分の中に錬金術師になるって選択肢がなかっただけで……今ので少し興味が湧いてきたかも?」

「そう言ってもらえると、嬉しいのう。興味が出てきたなら、まずは研究室の見学においで」


 そう言いながら、デールは男子生徒になにかカードを手渡していた。そんな男子生徒に、皆が羨望の眼差しを送っている。 


 それでも男子生徒は、その視線に臆することなく飄々としていた。


 キレイな顔立ちだけれど、声は低めで中性的な印象はない。でも口調は女性的で、とても個性がある人だなとアメリアは思った。


 そして生徒たちの興奮冷めやらぬなか、ついにアメリアの手元に古代魔術書が回ってくる。


「では、最後の列じゃな。皆、魔術書に手を当ててみてごらん」

 デールに言われた通り魔術書の表紙に右手で触れる。


 今までの様子を見るに、これだけの生徒が集まって魔術書が反応を見せたのはたった一人。

 だからアメリアは、自分の番もなにも起きずに通り過ぎてゆくと、軽い気持ちで思っていたのだが……。


(なんだか……手が熱い?)


 そう思った瞬間、魔力を吸い取られるような感覚と共に、アメリアの右手が閃光した。


 魔術書からなのか自分の右手からなのか、風が吹き上がりアメリアの黒髪を靡かせる。


(な、なに?)


 怖くなって魔術書から手を離そうとしたのに離れない。魔術書が宙に浮かび、勝手にバラバラとページが捲られてゆく。


 アメリアの近くの席にいた生徒たちは悲鳴を上げ、慌てた様子で逃げて行った。


(こ、怖いっ)


 どうして良いのか分からず、アメリアがきゅっと目を固く瞑ると。


「おっと、これ以上を発動するには、この部屋では狭いかのう」

 のんびりとした口調でそう言い、デールはアメリアの手に自分の手を添えパタリと魔術書を閉じる。


 途端に魔術書は元に戻り、教室は静寂に包まれた。アメリアにとっては、居心地の良くない静寂だった。


 そんな静けさのなか時刻を知らせる鐘の音が鳴り響く。


「もうこんな時間か。今日はここでお開きにしよう。すまんのう、この後予定があるのじゃ」

 デールのその一声で、生徒達は微妙な顔つきをしながらも下校準備を始め、教室を出てゆく。


「な、なんだったんだ、今の……」

「魔力の暴走?」

「こわっ! 死ぬかと思ったー」

 チラホラ聞こえてくる生徒たちの囁きは、あまり良いものではなかった。


「あ、あの……ごめんなさい」

 教壇の上を片付けていたデールにそう声を掛けると、デールは不思議そうに首を傾げた。


「どうかしたのかね?」

「……せっかくの講義を最後に台無しにしてしまって」

 アメリアの謝罪にデールは笑う。


「台無しじゃって? とんでもない。久々に大興奮じゃ!」

 そして、アメリアに一枚のカードを差し出した。

「きみは今日一番の才能の持ち主じゃ」

「わたし、が?」


「ああ、先日きみに声を掛けた自分を褒めてやりたいぐらいじゃ。今日は参加してくれてありがとう、キレイな瞳のお嬢さん」

「っ!」

 デールが自分のことを覚えていてくれた。

 そのことに、アメリアは胸の奥が少しだけ暖かくなる。


「いつでも、研究室に遊びにおいで」

 デールは優しい笑顔でアメリアの頭を撫でると、それだけ言って教室から出ていったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る