第9話

 次の日、相変わらず人混みが苦手なアメリアは、昼休み少し埃っぽいが人気のない地下室入り口の階段に座り、のんびりとサンドイッチを食べていた。


 いつもは昼休みが終わるまで人っこ一人通らない場所なのだが、今日は誰かが近付いてくる気配がして、警戒するように足音のする方へ視線を向けたのだが。


「よっ! やっぱりここにいた」

 現れたのは、レオンだった。昼休みに会いに来るなんて珍しい。

 どうしたのと聞く前に、アメリアと同じくサンドイッチを片手に、彼はドカッと隣に座ってくる。


「……ん? なんだよ、変な顔して」

「今日は、ここで食べるの?」

「ああ、たまにはいいだろ」

「別にいいけど……」


 ここなら人目を気にする心配もないが、レオンがここで昼食をとるのなんて初めてだ。

 いつも、あんな埃っぽい場所でメシを食うのはやめろよ、なんて言ってくるのに……。


「実はさ、断りきれない誘いを受けちゃってさ……いつもの日に図書館に行けなくなった」

「え……」

 レオンが深刻そうな面持ちでそう言ってきたので、アメリアは表情を強張らせた。


 それは、もう放課後の二人だけの勉強会を、辞めなければならなくなったという意味だろうか。


 そう思ったらアメリアは指先が一気に冷たくなった。


(なんで……どうして……)


 事情を聞きたいような、でも聞くのが怖いような。


「だから、今週だけは勉強会中止な。そのかわり、一緒に昼飯食おうと思って」

「え……なんだ、それだけなの」

 レオンが深刻な顔をしているから、これからずっとかと思えば、今週だけかとアメリアは肩を撫でおろしたのだが。


「それだけってなんだよ。少しぐらい……寂しがってくれてもいいだろ。オレだけかよ」

 レオンは、なにやら不満げに小さな声でブツブツ呟きた後、軽い経緯を話してくれた。


「とある侯爵令嬢主催のパーティーに、出席しなくちゃいけなくなってさ。面倒くせーから、最初は断ろうと思ってたんだけど、父上から直々に出席しろって連絡がきて、パートナーまであてがってくるしで、断れなくて……」


「そうなの。おじ様からのご命令じゃ仕方ないね」

 パートナーがあてがわれたということが、アメリアは少し引っ掛かったが、物分りの良いフリをしてそう言った。


「まあ、な……オマエは、その……嫌だよな。パーティーに出席するのとかって」

「イヤ」

「だよなー……」

 迷いなく頷いたアメリアに、レオンは苦笑いを浮かべる。


「じゃあ、仕方ない。やっぱ、腹を括って、父上があてがってきた相手とパーティーに出るか」

「イヤな相手なの?」

 レオンがあまりにも渋々といった表情を浮かべているので、思わずそう聞いてしまった。


「別にソイツのことが嫌いってわけじゃねーけど、お互い仕方なくって感じだな」

 お互いに乗り気ではないのか……そう聞いてほっとしている自分に、アメリアは戸惑う。


「それに……どうせなら好きな相手と同伴したいだろ。そういう場には」

 レオンの口からそんな言葉が出てくるとは思っておらず、アメリアは驚いてポロッとサンドイッチを落っことしてしまった。


 だってレオンが、あの女っけのないレオンが、そんなことを言うなんて。


「あ、なにサンドイッチ落としてんだよ」

「レ、レオン……好きな人がいるの?」

「えっ!?」

 ストレートに聞いたアメリアの言葉に、レオンは驚き赤面した。


「な、なんでだよ、突然!?」

 視線を泳がせ、珍しくしどろもどろしているように見える。レオンがこんな反応を見せるなんて意外だ。


「い、いねーよ! そんなやつ!!」

「だって、今好きな子とパーティーに出たいって」

「い、一般論を言っただけだろ!?」

「そっか……」

 力強く否定されたので、とりあえずそういうことにしておく。


「そういうオマエは……どうなの?」

「え? なにが?」

「この流れで言ったら好きなヤツの話だろ」

「え……」

 まさか自分がこの手の質問をされるなんて思っていなくて、アメリアは驚いた。


「なんだよ、その反応……いる、のか?」

 探るようなレオンの視線が居心地悪くて、視線を逸し俯く。


「いない、そんな人」

「そっか……」

 レオンは気の抜けたような、それでいてどこか寂しそうな、なんとも言えない表情を浮かべていた。


 好きな人なんているわけない。自分が誰かを好きになるなんて、想像もできない。

 第一、自分なんかに好かれる相手が可哀想だ……そんな後ろ向きな想いが、ドロドロと言葉になって溢れてこないように、アメリアは口を噤む。


「……興味とかねーの?」

 それは恋愛に、という意味だろうか。

「ない」

「そっか……」

 なぜかレオンは残念そうに表情を曇らせた。


「そんなのより、レオンといるほうがいい」

「っ!」

「レオンといる時間が、一番好き」

「……オレも」

 アメリアの言葉を聞いて、どこか元気のなさそうだったレオンの表情が、明るくなった。


 好きな相手なんて作らなくても、レオンがいればいい。


 どちらかに好きな相手が出来て、二人きりの時間が壊れてしまうなら、一生そんな相手どちらにも現れなければいいのにとさえ思う。


 そんな願いは身勝手と知りながらも、アメリアはそう思わずにいられなくて、そんな自分の激しい感情に戸惑いを感じたのだった。

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