16歳 自覚する初恋

第8話

 十六歳になった春。アメリアは、これから進む専攻について頭を悩ませていた。

 一年生の頃は、クラス単位で決められた授業を受けていたが、二年生からは自分で取りたい授業を選び、時間割を作らなければならない。                                                                                                                                                                                            


「まだ時間割の用紙と、にらめっこしてるのか?」

 先週と同じ白紙の紙を前に唸っているアメリアのもとへ、レオンがやってきた。


 王立図書館で一緒に勉強しようということになってから、二人は毎週同じ曜日に欠かさずそこへ通っている。


 気が付けば、勉強に追われたアメリアの学園生活一年目は、あっという間に過ぎていた。


「実践魔法を極めるか、魔法薬学を学ぶかで迷っているの」


 魔法薬学の資格を取れば、ポーションを売れるようになる。

 それから、自分の店を持てるかもしれないのは魅力的だが、はたして人付き合いが苦手な自分が、一人で店を経営してやっていけるのかという心配があった。


 魔女の店だと悪評が流れてすぐ潰れるんじゃないか……なんて不安も頭を過る。


「なにを学んだら、一番食いっぱぐれないんだろう」

「はぁ? そんな理由で進む道を選ぶのかよ」

「そんな理由って、大事なことだと思う」

「それも大事だろうけど……結局さ、自分の好きなこと、興味のある分野に進んだほうが、長続きするんじゃねーの?」


 確かに、レオンの言うことも一理あるとは思うけど。

「でも……なにを学んでも食べていけなくなったら意味ないし」

「どれを選んだって、アメリアなら食っていけるよ! それに、魔術師なんて引く手あまただろ」


 レオンはそう言うけれど、相変わらず人付き合いが苦手なアメリアは、どこででもやっていける自信がないから慎重になるのだ。


「それに、食いっぱぐれそうになったら、オレのところにいればいいじゃん」

 レオンが屈託なく笑う。


 きっと彼に深い意味はないのだけれど、大人になっても他人の家でお世話になるなんて……ブレイクリー家に嫁ぐわけでもないのに、できるわけがないとアメリアは思ってしまう。


「一人でも生きていけるように、もう少しじっくり考えてみる」

「なんでだよ。オマエ一人の面倒ぐらい、オレがみてやるのに」

「……いい」


 こんな時、口先だけでも「ありがとう、嬉しい!」と言えたほうが可愛げがあることは分かっている。それにレオンの気持ちは嬉しいけれど……。


 最近耳にする噂が頭にチラつき、アメリアはその好意を素直に受け取ることができなかったのだ。



◇◇◇



 次の週の放課後。

 ようやく専攻を魔法薬学に決めたアメリアは、肩の荷が降りた足取りで廊下を歩いていた。


 レオンと学園であまり接点を持たなくなってから、例の噂はすっかりと風化され消えている。

 人の興味などそんなものだ。


 けれどその代わり、最近レオンには、別の女性との噂が囁かれ始めている。


 その噂を思い出しモヤモヤしながらも、下校しようと玄関へ向かったアメリアは、レオンを見つけ思わず隠れてしまった。

 別に隠れる必要なんてなかったのだが、咄嗟に思わず……。


「…………」

 こっそり物影から盗み見る。相変わらず人気者のレオンは、男友達となにやら楽しそうに談笑しているようだった。


 同じ貴族階級の生徒だけではなく、一般の生徒とも分け隔てなく気さくなレオンの性格から、彼の友好関係は広い。


 しかしあまり女性に興味がないのか、レオンを学園で見かけると、たいてい男友達数人といることが殆どで、今まで女っ気を感じたことはなかったのだけれど……。


「あ!! レオン、見つけた!!」

 一人の女子生徒が、物怖じすることなく、男子の集団の中にいるレオンへ向かって行くのが見えた。


「げ、エリカ」

 レオンにエリカと呼ばれた女子生徒は、腰に手を当て、頬を膨らませている。

 美人だけれど少し勝気そうな印象の女子生徒だ。


「ちょっと、人の顔を見るなりげってなんなのよ!」

「別に……で、なんだよ」

「今日は今週末の打ち合わせがあるから、教室で待っててって言ったでしょ!!」


「あ……」

 やべー、忘れてた。という心の声が聞こえてきそうなレオンの表情に、エリカの眉間のシワがさらに深くなってゆく。


「ずっと教室で待ってたのに、信じられない!」

「悪かったって。ちなみにさ……その打ち合わせ明日にできないか?」

 今日は予定を入れてしまったと、平謝りするレオンに、エリカはわなわなと怒り震えていた。


「レオン〜、おれらとの約束こそ明日でいいからさ。エリカちゃんとの約束優先させなよ」

「そうだぞ。エリカちゃん、気にせずレオン連れてっちゃっていいから!」

「そう? ありがとう」

「ちょっ、オマエら勝手にっ」


「ということなので、ほーら! 行くわよ、レオン!」

「いててててっ、バカ! 耳を引っ張るな!」

 なんとも賑やかな攻防の後、レオンはエリカに連行されていったのだった。


「ははは、レオンもエリカちゃんの前では、すっかり尻に敷かれてるよな」

「でもさ、別に付き合ってるわけじゃないんだろ? あの二人」

「くっつくのも時間の問題さ」

「あ〜あ、女に興味なさそうだったレオンも、ついに恋人持ちか〜」


 レオンの友人たちのひやかすような、けれど二人を温かく見守っているのであろう会話が聞こえてくる。


 アメリアも噂では二人のことを聞いていた。レオンの本命はエリカという聖女候補なのではと。

 そう、彼女はレオンと同じく、神に選ばれし刻印を持ち生まれてきた聖なる娘という存在。


 レオンとお似合いだ。


「…………」

 なんだろう。胸の奥がキシキシと痛む。


「お似合いだよな〜」

「てゆーか、レオンが羨ましいぜ」


 自分とレオンが噂になっていた時は、否定的なものばかりだったけれど、今回は違うらしい。

 みんなに祝福されているようにアメリアには見えた。


 たしかに彼女は爵位こそないが家柄も良く、今見た印象だと気立ての良い美人だった。

 陰気で魔女の娘と言われている自分とは、まるで違うのだから仕方がない。仕方ないけれど……。


 比べるものじゃないと分かっていながらも、自分と彼女の差にモヤモヤが募り、アメリアはその場から立ち去ったのだった。

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