第7話

 レオンと気まずい雰囲気のまま逃げ出してしまった日の夜。


「はぁ……」

 部屋で一人、いつものように勉強をしていたアメリアは、けれどどこかうわの空な気持ちでため息をついた。


 全然本の内容も頭に入ってこないし、今日はもう終わりにして寝ようかと、教科書を閉じる。


 夕方にレオンが会いに来てくれたことを寮母さんに聞いたが、今日は会えないと断ってしまった。

 だって二人でいたらまた噂がたつかもしれない。そしたら彼まで、また笑いものにされてしまうかもしれないから。


 レオンが嫌いだから避けているわけじゃない。

 むしろその逆だ。

 だから自分からレオンを拒んでおきながら、アメリアの気分は晴れなかった。


 ミシ……ミシ……。


「?」


 強風が吹いているわけでもないのに、窓の外から軋むような音が聞こえる。


 ギシギシ……コンコンコン。


「え?」

 そして、ついに窓ガラスを叩く音がしたが、ここは二階だ。外に人がいるわけない。

 そう思いアメリアは、警戒心を強めたが。


「……アメリア、早く開けて!」

「レ、レオン!?」

 慌てて窓を開けると、外の出っ張りにぶら下がっていたレオンが、よじ登って部屋に入ってきた。


「ふぅ、危ねえ。落ちるかと思った」

「なにやってるの?」

 唖然としてしまう。


「なにって……オマエがオレのこと避けるから、強行突破して来た」

「っ!」

 こんな所を見られたら、停学処分になるかもしれないのに。

 そう思いながらもアメリアは、そんな無茶までして自分に会いに来てくれたレオンを、突き放すことができなかった。


「ケガはない?」

「ああ、平気。これぐらい余裕」

「…………」

「…………」

 昼間の雰囲気のまま、気まずい沈黙が二人を包む。

 だがすぐに沈黙を破ったのは、レオンの一言だった。


「ごめんな」

「え?」

「……オレたちの噂のこと、少し聞いた」

「っ!」


 レオンの耳にも、噂話が届いてしまったのかと思うと、アメリアは胸が痛くなった。

 自分なんかといたせいで、レオンまで趣味が悪いだの、魔女みたいな許嫁がいる男などと言われているのだ。


 謝らなければいけないのは、自分の方なのに……。


「誰かにイジメられたりしてないか?」

 だがレオンの反応は、アメリアが思っていたのと違うものだった。


「オマエが嫌な目に遭ってるかもしれないって、そんな想像もできなくて。噂なんてくだらないとか言ってごめん」

 迷惑そうな顔をするどころか、彼はアメリアを気遣ってくれていた。その事実に、ポロポロとアメリアの目から大粒の涙が溢れ出す。


 あんな態度をとって、もうレオンに嫌われてしまったかもしれないとすら、思っていたのに……。


「な、なんで泣くんだよ!? やっぱり、誰かになにかされたのか!?」

 動揺をみせたレオンに、アメリアは大きく首を横に振って「それは違う」と答えた。


「わたしは魔女の子だよ。石を投げられて育ってきたんだもの、噂話でバカにされるぐらい我慢できる」

「じゃあ、なんで……いやっ、ていうかそんな扱いに慣れちゃだめだろ!」


「嫌がらせは受けてないし、本当に平気なの。ただ……」

「ただ?」

「レオンが、わたしと一緒に噂されて、笑われるのが耐えられなかったの」

「っ……」


「わたしのせいで、レオンが恥ずかしい思いをするんじゃないかってっ」

 そう訴えた瞬間……アメリアは、突然レオンに抱きしめられていた。


 加減を知らないのか、痛いぐらいぎゅーっと強く。


「レ、レオン、苦しい……」

「っ、わ、悪い!?」

 咄嗟にしてしまった行動だったのか、レオンはすぐに我に返って、アメリアから離れる。


「ご、ごめんっ、いきなりこんなっ」

「ううん、大丈夫……ビックリしただけ」

 おかげでアメリアの涙も引っ込んだ。

 レオンは、顔が真っ赤になり、自分の行動に動揺しているようだった。


「…………」

「…………」

 そしてまた、二人の間を沈黙が包み込む。

 しかしその沈黙は先程までとは違い、ソワソワとして気恥ずかしいような、そんな居心地の悪さを二人に与えた。


「オ、オレだって、オマエとの噂でからかわれるぐらい、痛くも痒くもねーよ」

 しばらくはお互い目も合わせられないまま、視線を彷徨わせていたが、やがておずおずとレオンが口を開いた。


「それより、アメリアに突然避けられるほうがイヤだ」

「っ!」

「でも……噂がエスカレートして、オマエに何かあったらって心配な気持ちもある。だからさ」


 だから、やっぱり二人でいるのは、もうやめようと言われるのだと思った。


 けれどアメリアの中には、先程までの寂しさはもうない。レオンが、ここまで自分のことを考えてくれていたのだと、知れただけで十分だった。でも。


「これから、放課後の勉強会は街に出て、王立図書館でするっていうのはどうだ?」

「えっ」

 思ってもみなかったレオンの提案に、アメリアは赤い目を真ん丸にして驚いた。


「あそこなら、噂好きの生徒たちに見られる心配も少ないだろ?」

「そうかもしれないけど……」


 寮の規則では、門限までに帰るなら、放課後の外出は自由になっている。

 けれど設備の整った学園では、様々な買い物や娯楽が揃っているため、わざわざ街に出掛ける生徒はそう多くない。


 確かに噂の的になることは、これでなくなるかもしれないけれど。


「なんだよ、まだ何か問題でもあるのか?」


 そこまでして、二人で会う必要はあるだろうか。


 そんな思いが少しだけ過ぎったけれど、アメリアはそれを口にすることはなかった。


 必要性なんてどうでもよいのだ。ただアメリアは、これからもレオンと一緒にいたいと思った。

 一人でいることが一番楽だと思っていた、引きこもりの自分が……。


「ううん、なんでもない。嬉しい! ありがとう、レオン」

 素直な思いを口にしてアメリアは笑った。

 それを見てレオンの表情も和らぐ。そして。


「オレも……嬉しい」

 と、小さな声で呟くように彼は言ったのだった。

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