第6話

 出会ったばかりの頃のアメリアは、警戒心が強くいつも何かに怯えていて、少しつついただけでも全力で逃げてしまうので、臆病な小動物のようだとレオンは思っていた。


 それから少しずつ、少しずつ、アメリアが怖がらないように距離をつめていく日々は、まさに手負いの小動物を手懐けているような気分だったが、それを面倒だと思ったことはない。


 はじめは大切な人を失い、天涯孤独となった少女への同情心もあった。


 彼女のペースも考えず、グイグイと話し掛けて怒らせてしまったこともあるが、それでもレオンはアメリアと仲良くなることを諦めなかった。


 いつも寂しそうなアメリアの笑った顔を見てみたかったのだ。


 だから初めて彼女が自分に向けて笑顔を見せてくれた瞬間、どれほど嬉しかったか。

 あの日のアメリアの笑顔が、レオンは忘れられない。


 それから彼女は、少しずつだがレオンに慣れていった。


 レオンが話しかけても怯えなくなった。

 レオンの話に、相槌をうってくれるようになった。

 たまに楽しそうに笑ってくれるようになって、どんどん表情が豊かになってゆくアメリアから、目が離せなくなった。


 自分にだけ色んな顔を見せてくれるアメリア。

 いつの間にか、そのことに優越感を抱いていたのかもしれない。無自覚だったが……。


 だからこそ、今日の昼休みは、久々に彼女に拒絶された気がして正直堪えた。


 いや……放課後、思うように会えない日が数日続いた時点で苛立っていたから、アメリアを怖がらせてしまったのかもしれない。


 そんなことを考え、レオンは放課後の教室で深い溜息をついていた。


「おい、レオン! 話、聞いてた?」

「……え?」

 気が付くと友人二人が呆れ顔でこちらを見ている。

 ちなみに全く上の空だったので、話などもちろん聞いていない。


「悪い、なんだっけ」

「だ・か・ら! 今度あるヴィオラ嬢たちのお茶会、レオンも行くよなって話!!」

「……悪いけどパス」

「なんでだよ、ヴィオラ嬢のお茶会だぞ! 家柄も良し、美人の令嬢揃いの名誉なお茶会だぞ!」


 ヴィオラ嬢とは、ニ年生の侯爵令嬢で、彼女が定期的に開くお茶会に参加できるのは、この学園の生徒たちのステータスでもあった。


「俺らまだ婚約者もいないし、出会いの場としては最適だろ!」

「……だからだよ。そういうのめんどくせー」

 レオンは、うんざり顔だ。

 この学園に入ってから、やたら知らない令嬢たちに声を掛けられ囲まれるが、正直対応に困る。


「そんな集まりより、男だけで遊んだほうが楽しいじゃん」

「またそんなことを……かわいい恋人欲しくないのか?」


「今は興味ない」

 そんなことより、どうすればアメリアと仲直りできるかで、今のレオンの頭はいっぱいだった。

 他の令嬢のことなど考えている余裕はない。


「でもさ、自分で選べるうちに相手見つけておかないと、そのうち親に勝手に相手を見繕われるぞ」

「それとも、やっぱりレオンはもう相手決まってる?」

「は?」

 ずっと黙って話を聞いていたもう一人の友人セオドアに、突然そんなことを言われ、レオンはなんのことだと首を傾げる。


「噂になってる。……レオンは、魔女みたいな子を親にあてがわれてるから、恋愛できないって」

「なんの話だよ、それ」

「ああ、おれもソレ聞いた! たまに放課後、黒髪の女の子と一緒にいることがあるだろ。噂になってるぜ」

 一緒にいる黒髪の女の子といえばアメリアしかいない。というか、この学園で美しい黒髪を持つのはアメリアだけだ。


 それほど彼女の髪と瞳の色は珍しい。


「あいつは別に、許嫁とかじゃないよ。ただ、事情があって家で暮らしてたから……」

 家族みたいなものだと言いかけ、でもやめた。

 なんとなくアメリアを家族と表現するのは、違和感がある。

 親しい間柄であることは間違いないのだが、親友とも違うし、妹みたいなものでもない。


(アメリアは、オレにとって……)


 なんと言えばしっくりくるのか。上手く言葉を見つけられずにいるうちに、友人たちは勝手に納得して、勝手に話し続けていた。


「なーんだ。許嫁じゃないのか」

「でも、それなら、噂には気を付けたほうがいいんじゃないかな」

 セオドアが心配そうな顔をする。

 噂にどう気をつければよいのだと、最初レオンは聞く耳を持っていなかったが。


「レオンは人気者だからな! おまえに好意がある他の令嬢たちに、あの子イジメられたりしてないといいけど」

「え……」

 サーッとレオンの血の気が引いた。


 まさか自分のせいで、アメリアはイジメられていたのか。噂を妙に気にして、様子がおかしかったのはそのためなのか。

 そう思うと、いても立ってもいられなくなる。


 だとしたら、昼休みの彼女に対する自分の態度は最低だった。


「まあ、でもさ、レオンに本命ができれば変な噂もなくなるだろうし、だから一緒にお茶会へ」

「オレ、急用が出来たからもう行く! また、明日な」

「えっ、おい!」


「どうしたんだ、あいつ急に」

「さあ」

 ぽかんとする友人を教室に置いて、レオンは駆け出していたのだった。






 アメリアに会って話さなければと気が急くけれど、図書室に彼女はもう来ない。ならば、どこへ行けばよいのか。


 教室に乗り込んでは、またくだらぬ噂に尾ひれがついてしまうかもしれないし、もう放課後だ。アメリアなら、とっとと寮に帰ってしまっているかもしれない。

 もちろん女子寮は、男子禁制なので近付けない。




 寮母さんに頼んで呼び出してもらおうとしたのだが、アメリアはそれに応じてくれなかった。

 寮母さんから、今日は忙しいらしいと言伝を聞かされたが。


 昼間にケンカをしてしまったばかりだ。アメリアの性格を考えると、避けられているのだろう。


「あー、くそ!」

 もどかしくて子供みたいに地団駄を踏みたくなった。

 そこでふと、良からぬ名案がレオンの頭に浮かんできた。


 以前、親しくしている先輩に、女子寮へ忍び込める抜け道の場所を、教えてもらったことがある。夜に恋人の部屋へ会いに行くときには、そこを使うのが伝統なのだとか。


 ひと目を忍んで会いに行く恋人なんていない自分には、無縁の話だと、真面目に聞いていなかったのだが。


「…………」

 アメリアの部屋は知っている。確か二階の角部屋だったはず。壁伝いによじ登って行けない高さではない。


(いや、だからって女子寮に忍び込むとか……)


 抵抗がある。


「…………」

 明日になってから、彼女の教室に乗り込んで、捕まえることにしようかとも思ったが、やはりそれじゃ目立ってしまうだろう。


「……素直に出てきてくれなかったアメリアが悪いんだ」

 仕切りの外から女子寮を見上げ、レオンはそう自分に言い訳するように、呟いたのだった。

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